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zoom RSS 【疑似科学と科学の哲学  伊勢田哲治著  名古屋大学出版会】

<<   作成日時 : 2005/07/21 01:55   >>

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科学とそうではないものの区別の問題は、“線引き問題”(専門的には境界設定問題というそうです)といわれるそうで、その“線引き問題”を通じての科学哲学の入門書です。結論としては、明確な区別はできないが“はげ”とそうでない人との区別がつかないわけではないように、科学と疑似科学の区別はつくのだというのが著者の主張です。

ちょっと本筋から外れますが、印象的なのが、あとがきでオウム真理教に触れている点です。そういえば白い服の人たちが電波がどうのとか言ってましたね。最近も、近所の人が何をやっているかわからないという施設で病死した中学生がいてニュースになっていました。疑似科学は社会にあふれているようです。引っかかる人が多数いるようです。要注意です。

本筋に戻ります。この本では、創造科学と進化論、占星術と天文学、超能力研究と心理学、代替医療と医学を対比させて、科学とは何かを考えていきます。具体例がところどころで紹介されており、記述もわかりやすく、初めての人でも読み通せるのではないでしょうか。

序章で哲学を論理学、認識論、形而上学、倫理学(価値理論)の4つの分野を含むものとして紹介します。そして科学においても、それらに対応する分野を設定し、科学哲学として問題があることを紹介します。例えば、論理学として科学的な推論とはどのようなものかという問題があり、認識論としては科学的知識についての問題があり、形而上学としては科学理論が想定する対象は存在するのかという問題があり、倫理学としては科学を社会の中でどのように扱うべきかという問題がある、ということです。こんな風に示されると、科学以外の対象でも、哲学の4つの分野に対応する分野に分けて問題提起ができそうな気がしますが、それはまた別の話し。

第一章で、科学的方法として、まず、枚挙的帰納法と仮説演繹法が紹介されます。枚挙的帰納法とは、一個一個の出来事を証拠としてもっと一般的な規則を導き出すような推論のことで、仮説演繹法とは、仮説と初期条件から観察予測を立て、実際の観察結果と比べて仮説の正しさを検証する方法のことだそうです。仮説演繹法は演繹法と名前に入っていますが、観察結果が全ての対象を調べているわけではないので、普遍的な仮説を検証する部分で帰納的推論が必要になるため、広い意味で帰納的推論になるそうです。

一見特に問題が無いように思えるこれらの考え方にも、科学理論の中心が普遍的な法則であることによるため、問題が出てくることが示されます。帰納法で普遍的法則をつくりだすことの問題点を説明するために、“これまで観察したものと、まだ観察されていないものは似ている”という斉一性原理が紹介され、帰納法の正当化のために斉一性原理が必要であるが、斉一性原理の正当化のために枚挙的帰納法が必要という循環があることが示されます。というわけで、この難点を解消するために考え出された反証主義が紹介されます。

反証主義の考え方は、仮説を形成し初期条件の設定を行い、観察予測を立てるところまでは仮説演繹法と同様です。実際に実験・観察により観察予測と観察結果を比較するのですが、食い違いがあれば演繹的推論により、仮説が間違っている、初期条件が間違っている、観察予測の導き出し方が間違っている、という3つの可能性があり、後2者の可能性が完全に排除されるなら仮説が間違っていることが結論されます。観察予測と観察結果が一致した場合は仮説演繹法のように仮説が検証されたとは考えず、仮設は反証されなかっただけと考えるのだそうです。観察予測と観察結果が一致することには何の価値も無い、一致しないことに価値があると考え、反証(観察予測と観察結果の不一致)により次の仮説をつくり、科学が前進すると考えるのだそうです。

この反証主義にも問題点はあり、仮説と初期条件から観察予測を立てる際に実は補助仮説群が必要となっており、観察予測と観察結果の不一致があっても仮説が反証されたと考えず、補助仮説群を訂正することで仮説を守ることが可能となることが紹介されます。実例として、海王星の発見の際にニュートン力学が否定されなかった事例が紹介されます。(このように補助仮説群を訂正して仮説が守られる、つまり観察によって仮説が決定されない、決定実験というものは無い、という考え方は“過小決定”と呼ばれるそうです。)

と、第一章だけでもなかなか盛りだくさんです。

第二章以降では、科学的観察における理論負荷性、パラダイム論、リサーチプログラム論やリサーチトラディション、実在論・反実在論、科学的合理性が無い時点での政策判断の問題、心理学的な人間の信じやすさの問題、などなど、いろいろ紹介されていきます。

実在論・反実在論を扱った第三章が個人的には面白かったです。素朴には“科学の対象となる存在は実在する”という実在論が納得できます。例えば、電子は実在するという主張です。でも、反実在論からの批判を読むと、特に今まで間違っていた科学理論の実例(エーテル理論等)を挙げられると、素直に実在論の立場は取りにくくなります。個人的には“科学者が操作・介入できる対象は存在する”とかんがえる介入実在論が納得しやすいかと。この章は、何事もまず疑ってかかる哲学らしいところではないかと思います。

第五章で、ベイズ主義による主観確率を導入し、事前確率、事後確率、予測確率から、以前の章で紹介されたいろいろな問題を解決する試みが紹介されます。例えば、過小決定の問題の解決に、事後確率の程度を検証することで、観察結果からよりよい仮説を選択できる可能性が示唆されます。演繹や反証が正しいか間違っているか、100%か0%かの“二者択一の選択”なのに対し、確率を導入して0%から100%の間での選択という“程度の選択”の問題とすることで、過小決定の問題を解決できるのではないかという主張です。また、実在論・反実在論の主張も確率の主張と捉えなおしたり、政策判断の問題にも仮説の確からしさと効用を考えて応用可能であることが示唆されます。

確率の問題と捉えなおすというのは、いいですね。数字の高いものを選択すればよく、分かりやすい方法だと思います。ただ、実際の科学での応用例が無いので、できることなのかどうなのか。事前確率が立場の違いにより数字が違ってこないかどうか心配です。政策判断の問題での仮説の確からしさも、立場によっては非常に違う可能性があるのではないでしょうか。

最終章で、著者の線引き問題に対する結論が述べられます。仮説演繹法や反証主義、リサーチプログラム論やリサーチトラディション、実在論・反実在論など、以前の章で紹介された様々な考え方を用いて科学と疑似科学を検討していきます。程度からみて科学と疑似科学は区別可能である、というのが著者の結論です。科学にもいろいろ突っ込まれるところがありますが、疑似科学はそれ以上に突っ込みどころがあるので、程度問題として考えるというのは受け入れやすい結論です。“程度”の導入が、厳密な論理展開をする哲学の分野では新しいことなのでしょう。

最初のほうでも書きましたが、疑似科学はこの世にあふれています。とくに医療関係で多いのではないでしょうか。病気が治るとかいって、薬でもないものを高い値段で売ってるようです。だまされないために読んでおいて損は無いと思います。読んでもだまされるかもしれませんけど。

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