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zoom RSS 阪大の論文捏造事件に思う その2

<<   作成日時 : 2006/02/23 15:47   >>

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【医学は科学ではない】に意見する で長々と書きましたが、私の意見は、「臨床医学のある部分は科学である」です。その科学である部分の根幹に、大阪大学論文捏造が問題を起こすのではないかと考えたので、前の記事でいろいろと書かせていただきました。はっきりしたことは、捏造論文の名を連ねていた臨床医は下村先生お一人だったことです。しかし、下村先生も、おそらく基礎系の教室の教授としての立場が主な論文だと思います。以上をふまえると、臨床系の教室での不祥事とは考えません。しかし、基礎系とはいえ医学部から出された論文が捏造であったということは、臨床医学にとってもダメージがあると思います。その後考えるところがあり、別の論文捏造事件もふまえながら、医学研究の不正が持つ意味を考えようと思った次第です。医師が行った論文の捏造の影響が大きく、論文を基に計画された臨床試験で死亡例が発生し、医学の発展に悪影響を与えたという話からです。

研究結果の捏造は乳癌の化学療法に関する研究でおきました。1995年にJournal of Clinical Oncology(2002年のインパクトファクターは9.868)という雑誌にHigh-dose chemotherapy
with hematopoietic rescue as primary treatment for metastatic breast
cancer: A randomized trial. (J Clin Oncol 13:2483-2489)という論文が掲載されたところから話を始めましょう。この論文は南アフリカのWitwatersrand大学のBezwoda博士らによるものです。結果を一般の方にもわかるように述べると、乳癌が他臓器に転移した患者さんに対する最初の治療として抗癌剤の量を増やし(高用量化学療法)自分の骨髄などを使いながら白血球が減るなどの副作用に対処したらよい結果が得られました、ということです。

これは、一つの施設だけで行われたのランダム化比較試験でした。(ランダム化比較試験とは、患者さんを試験治療群と標準治療群にランダムに割り付けて治療効果を見るというものです。一つの施設でやることもあれば、多施設共同で行う場合もあります。)論文によれば、90人の患者さんに参加していただき、45人が高用量群(抗癌剤の量が多い群)、45人が標準治療群(抗癌剤の量が普通の群)でした。結果は、response rate(完全に病気が消えた、あるいは、半分以上縮小した率)は高用量群で95%(45人中43人)、標準治療群では51%(45人中23人)で、有意差あり。生存率も高用量群で良く(median survival time (生存期間中央値)は高用量群で90週に対して標準治療群で45週)というものでした。毒性は高用量群で血液毒性、吐き気、嘔吐が多いのですが、死亡は高用量群で1名、標準治療群で2名でした。死亡については差がなさそうです。

その後もBezwoda博士は高用量化学療法についての研究発表を学会で行っています。捏造と断定された1999年の米国臨床腫瘍学会での発表は、こちらで見れます(英語なんですが)。

この学会で、何人かの研究者から高用量化学療法についての報告がなされていきます。それらをまとめた医師の見解が日本語でwebで読めます。それはこちら。一部引用させていただきますが、

Stadtmauer部長はまた,「期待に反するデータが多いなかで,南アフリカで行われた試験の結果には希望が持てる(注:Bezwoda博士の発表)」と述べた。154例の乳癌患者を対象とした同試験では,標準的治療群に比べてHDC/BMT群(高用量化学療法)では再発が少なく,生存期間も延長したことが示された。5 年後の死亡率がHDC/BMT群で17%であったのに対して,標準的治療群では35%であった。

初回治療としてのHDC(高用量化学療法)に期待
 同試験を統轄したWerner Bezwoda博士によると,この試験が他の試験と異なっている点は,同博士らがHDCを第一段階治療として用いた点であるという。他の試験はいずれも, HDCで癌の撃退を試みる前に,標準的用量の化学療法によって寛解に導くという標準的プロトコルに従っていた。
 今回の集会で,ワシントン大学(シアトル)のRobert Livingston博士は,第一段階治療としてのHDCについて研究を行うべきであるとし,「第一段階治療として行われる低用量の標準的化学療法によって,薬剤耐性を持つ癌細胞が発生し,のちのHDCが無効となるのかもしれない」と述べた。


と、まあ、高用量化学療法で成績が良かったのはBezwoda博士のもののみですが、この研究結果により、高用量化学療法に期待がもたれていたわけです。Bezwoda博士のみというのが、今から見れば怪しいのですが、治療方法が違うということで他の結果との違いが説明されていました。後でふれるLivingston博士がこの時点では研究結果を信じていたことが、発言からわかると思います。

さて、2000年3月にLancetという医学雑誌にWeissらによるHigh-dose chemotherapy for high-risk primary breast cancer:an on-site review of the Bezwoda studyという論文が掲載されました(Lancet vol355 p999-1003)。この論文で、Bezwoda博士の1999年の発表は捏造ということが発覚しました。。

どうして捏造と断定されたかというと、Lancetの論文の著者らが国際的な研究を進める前に、Bezwodaらの研究結果を確認するために患者の記録を南アフリカまで見に行ったからです。そうしたら、そもそもプロトコールの表題が発表と違うし、施設にある記録は発表データと違うし、サインされた同意書はないし、Institutional review committee(施設審査委員会)が承認した記録が無いし等々、いろいろおかしな点が見つかりました。結局Bezwoda博士は不正を認めました。

Lancetの論文では、現地で記録を見るときにバイアスがかからないようにどんな風にメンバーを選んだとか、細かく書いてあります。しっかりしてますね。このメンバーが、1999年の米国臨床腫瘍学会では154名の患者と発表したのに現地では151名の患者しか臨床試験に参加した記録が無く、標準治療群の記録はreviewできず、試験治療群の記録も58名分しかreviewできず、しかも臨床試験に参加する適格条件が発表と異なったとか、再発率のデータは信頼できないといったこと、試験治療群の死亡率が低く見積もられていたこと、などを見つけ出します。

結局、Bezwodaらによる研究結果に基づいて臨床試験の方向を決定することは出来ないと結論されます。(別の話になりますが、捏造を暴いた論文を掲載したLancetも、昨年捏造された論文を掲載してしまいました。残念なことです。)

その後、1995年のJournal of Clinical Oncologyの論文もretractされています。この雑誌を購読されていた先輩に、Faxでこのことが連絡されてきた気がします。こちらでも経緯が日本語で書かれています。

これだけで、Bezwoda博士とその施設の名誉が傷つくだけならよかったのですが、患者さんに実害が出てしまいました。

2001年のJournal of Clinical Oncology vol19 p3903-3904にWashington大学のGralow先生、Libingston博士(1999年のBezwoda博士の発表をうけて第一段階からの高用量化学療法の研究を進めなければならないと言った医師です)からのUniversity of Washington High-Dose Cyclophosphamide, Mitoxantrone, and Etoposide Experience in Metastatic Breast Cancer: Unexpected Cardiac Toxicityという記事(correspondense)があります。1995年のJournal of Clinical Oncologyに掲載されたBezwoda博士の論文の高用量群の臨床試験をおこなったら心臓を悪くして死亡した患者さんが非常に多く、この臨床試験は危険と判断されて早く終了した、というものです。この記事で、世界中でどれくらいの女性がBezwoda博士の論文により害を受けられたかわからないということも述べられています。
(注:Bezwoda博士らの発表の通りの化学療法が危険だということです。新しい薬剤や別の薬剤の組み合わせなどによっては、今後は高用量化学療法が有望な治療となり、その組み合わせを用いた臨床試験が安全に行われる可能性はもちろんあります。)

医学研究において、データの捏造はこのような実害を生むことがあるという実例です。このような実例を考えると、阪大での論文が捏造だった事件には、科学者の捏造とは倫理的な重大性のレベルが異なる気がするのです。

今回の件では、患者さんへの実害は幸いありませんでした。しかし、医師が臨床研究で捏造を行ったとしたら、何人もの患者さんが危害をこうむる可能性があります。将来医師になる学生が捏造に巻き込まれたということは、こういうことを考えると大変残念に思います。基礎系の教室での不正とはいえ、医学部から不正が出たということは、医学生を教育する立場の方に、研究での不正が患者へ危害を加える場合があるという観点が欠けていたことを示しているのではないかと、少し残念な気持ちです。

論文捏造に関しては、5号館のつぶやきさん、地獄のハイウェイさん(【医学は科学ではない】にTB頂きありがとうございました。)、Biological Journalさん、寝言日記さん、falcon's eysさん、Irish Mintさん、大隅典子先生のブログ柳田充弘先生のブログなどで書かれています。そちらも読んでいただければ、どのような問題があるのか多面的に考えられると思います。

追記 アメリカにはOffice of Research Integrityっていうのがあるんですね。こんなことも発表されてるってのは徹底してます。

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http://naibunpitsu.seesaa.net/

不正論文として撤回された大阪大学の福原淳範氏のScience誌論文の業績をもとに、
申請・獲得した公的研究費を下村伊一郎教授のグループは使い続けており、返還していない。
下村伊一郎
2011/04/16 00:47

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