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zoom RSS 【医療過誤・医療事故の予防と対策 病・医院の法的リスクマネジメント 森山満著 中央経済社】

<<   作成日時 : 2006/03/19 11:19   >>

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「主として医療従事者、医療機関の経営・指導に携わる経営コンサルタント、公認会計士・税理士の方々を対象として、医療機関側からみた医療過誤・医療事故の予防と対処についてまとめたもの」とはしがきにある通りの本です。未必の故意などのような難しい法律用語は無く、出てくる法律用語らしきものも、予見可能性とか回避可能性など、一般の方にもわかるようなもので、医療機関側がどのようなことに注意すべきか、わかりやすく書かれていると思います。また、第4部では、医療過誤・医療事故発生時の示談交渉と外部への公表と題して、様々な実務的なことが書かれています。補償額、外部公表のポイント、示談交渉の仕方、悪質クレームへの対処、マスコミへの対応のポイントなど、医療機関側が苦手であろうことがきちんと書かれており、役に立つような状況は避けたいのですが、万が一の時はここが一番役に立ちそうです。なお、医療関係者向けということで、医学用語は説明なしに出てきます。

一般には医療事故とは「医療行為に関連して予想に反した悪しき結果が発生すること(p3)」であり、医療過誤とは「医療事故のうち医療機関側に責任(故意又は過失)がある場合(p3)」で通っています。私の理解もそうでした。しかし、本書で著者は、「医療機関の責任を問題とするとき、この区別の仕方に実益は無い(p3)」とし、「問題はどのような場合に医療機関の責任が認められるかを実質的に検討すること(p3)」として、本書での医療過誤と医療事故の意味を次のように変えてしまいます。

医療過誤 医療行為(問診・検査等による診断行為、投薬・手術等の治療行為)上のミスによって、患者に何らかの障害を与えるもの。

医療事故 医療行為実施の過程でのヒューマンエラーに基づくアクシデント。


補足として、「医療過誤」は「診断上のミスや治療上のミスは、主として一定レベルの医療水準(平均的な医師の平均的な専門的技量)を前提として、その水準(技量)に達した医学的判断に基づく医療行為がなされたかが問題となる(いわゆる専門家責任の問題)。(p4)」そして、「「医療事故」とは、たとえば看護婦が投薬の種類や量を誤る、(中略)、手術の際に執刀医が体内に遺物を残留する、(中略)といったような人間のエラー(ヒューマンエラー)に基づく「アクシデント」をいう。この場面では、医療水準(平均的な医師の平均的な専門的技量)に基づく医学的判断ということは基本的に問題とならずに、医療というある意味では人体に対して危険な業務に従事する「医療従事者としての水準」が問題となるに過ぎない。(p4)」ということです。

著者によれば、この独自の区別の「1つの実益は、医療過誤は、原則として刑事責任が問われないのに対して、医療事故は、原則として医療事故に関与した関係者が刑法上の業務上過失致傷罪ないしは業務上過失致死罪として処罰されうるという点にある。(p5)」

なるほど。医療機関の民事責任を問うか、刑事責任が問われるのか、そういう責任の区別は考えていませんでした。しかし、このように区別してみても、「実務上は、刑事責任が問われるか否か(起訴されるか否か)は検察官の裁量によるところが大きい。(p6)」とあるのが残念です。

この記事の以降の部分では、医療過誤、医療事故は著者の意味で使用します。つまり、医療過誤は刑事責任は問われず、医療事故は刑事責任が問われるもの。

医療過誤について次のように書かれていました。「たとえば癌を見落としてしまい、その結果、手遅れとなって患者を死亡させたからといって(医療過誤のケース)、担当医師が業務上過失質罪に問われるとしたら、極端なところ医師のなり手はいなくなってしまうであろう。 ここでは、医師の診断行為における医療水準あるいは専門的な判断が問題となっているため、水準(あるいは平均的技量)以下の医療行為に対しては、患者が受けた損害を補償するという観点から民事責任が問われることがあっても、それ以上に刑事責任が問われたとするならば、医師は安心して医療を行うことが出来なくなるといってよい。(p5)」

本書では第3部で医療事故の防止策が述べられていますが、99ページから121ページまでの23ページが割かれています。第2部の医療過誤の防止策が35ページから98ページまで64ページであるのに対し、約3分の1です。本書の医療事故の定義では、刑事責任が問われるものですから、例も患者誤認や薬剤間違いなど、明らかに間違いを防ぐためのものですので、正直、新鮮さはありません。しかし、医療過誤については、いろいろと勉強させていただきました。

医療過誤の場合の医療機関側の責任は、「単純過失型」と「患者の自己決定権侵害型」に分けられるそうです。単純過失型は、「医療水準からみて「悪しき結果」を予見(予想)できていたかどうか(p15)(予見可能性(p20))」「予見できたとしたら、その悪しき結果を回避するために、医療機関側は本来何をやるべきであったか。本来やるべきことをやったか。(p15)(回避可能性と回避義務の遵守(p21))」が問題となるそうです。「患者の自己決定権」は自己の診療に関して知る権利、自己の診療のあり方を決定する権利の2つに分けられるそうです(p16)。

自己決定権を侵害しないために、医療機関には説明義務があり、それについても具体的に解説されています。誰に、どのようなことを説明すべきか、証拠をどのように残すか、説明義務が免除される場合はどのような場合か、美容整形の説明義務など、具体的な解説がされています。参考になります。不要なトラブルを避けるためには必要なことです。医療での自己決定の関係では、【患者は何でも知っている】が大変参考になると思います。

自己決定権侵害型の医療過誤は事前の説明で何とか対処できそうですが、問題は単純過失型です。

単純過失型では医療水準が問題になるそうです。医療水準については、平成7年6月9日の未熟児網膜症に関する最高裁判決で判断が出されたそうです。従来は、「裁判所は医療水準を「臨床医学」の実践における(普及定着した)医療水準」として捉え、もっぱらこの言葉を医療機関の責任を否定する根拠として使用する傾向にあった。(p20)」そうですが、平成7年6月9日の判決で、「知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、右知見は右医療機関にとっての医療水準であるというべきである。(p20-21)」として、「医療水準をむしろ積極的に医療機関の責任を基礎付ける方向で用いる考え方を示した(p21)」そうです。

わかりにくいですが、「知見」とは、その時点で「専門的研究者の間で有効性・安全性が是認された情報(多少の異論は構わないそうです)」で、当該医療機関が「その治療法に関する知見を有していなくても責任を問われる(p21)」のだそうです。その医療機関で新しい治療法を実施できない場合は「「転医義務」が生じる(p21)」。知見の普及については、その最高裁判決で、「医学雑誌への論文の登載、学会や研究会での発表、一般のマスコミによる報道等によってなされ、また、当該疾病を専門分野とする医師に伝達され、次第に関連分野を専門とする医師に伝達されるものであって、その伝達に要する時間は比較的短い(p21)」とされています。医師は最新の知識を入手することを要求されているわけです。最新の知識の入手にはコンピューターやインターネットが必要という議論が【患者は何でも知っている】でされていました。

医療の現場では、ある状況下では選択肢が複数あるという状況も考えられます。「しかし、裁判所は複数の選択肢の存在すら認めない傾向にある。(p25-26)」だそうです。これは大変な事態です。とるべき手段が一つなら、医者は医療を行う上で迷わないでしょうが、実際はそんなことはないでしょう。裁判所が選択肢を認めなかった例として、名古屋地裁での平成14年4月12日の判決が26ページで紹介されています。問題となった患者さんは、32歳の男性で、健康診断で指摘された肺野の15mm程度の陰影が、気管支鏡までの検査結果で肺癌か結核か鑑別できず、抗結核剤の投与を受けながら5ヶ月間経過観察を続けたそうです。その間、陰影には変化が無かったそうです。5ヶ月間の経過観察後の時点では、気管支鏡による細胞診(気管支に内視鏡を入れて細胞を採って調べる検査)または開胸肺生検(手術してその部を採り組織を調べる検査)、経過観察の選択肢があり、「典型的な悪性像を示さない肺野の小型陰影に対しては経過観察という手法がかなりの割合でなされていたのが実情(p26)」であったそうです。担当医が経過観察をすることにし、6ヵ月後の再受診を指示したところ、6ヵ月後の再受診時には肺癌(腺癌)と判明し縦隔リンパ節の腫大もあり、「あきらかに手遅れの状態(p26)」となったということです。この件では、6ヵ月後再診を指示した時点でさらなる気管支鏡検査および開胸肺生検を行う義務の有無が争われたそうです。判決は、気管支鏡検査及び開胸肺生検を行う義務を認めて「経過観察という選択肢を否定した(p26)」そうです。

著者は、この判決に対して、「「(最大限)やれることは何であったか」を問題とし、「そういう方法があった以上はそういう方法を採るべき義務があった」という考え方を基本において経過観察というもう一つの選択肢を否定したものと評価せざるを得ない。(p26)」と書かれています。その時に、行える検査や治療は行えという裁判所の判断なのでしょう。しかし、32歳という年齢は癌の好初年齢ではないこと、陰影の形が変わっていないためもう一度気管支鏡を行っても決着がつかない可能性が高いこと(最初の気管支鏡の検査で癌か結核か鑑別できなかったということからの判断です)、開胸肺生検のリスクなどを考えると、担当医は難しい判断を迫られていたと思います。もし良性腫瘍であったのに、肺生検での合併症をおこしたならそれはそれで責任を問われるでしょうから。

「このようにみてくると、事案を後から振り返って「最大限やれることは何であったか」を問題とするのが今日の医療過誤裁判の実態といえる。(p27)」と書かれています。事案を後から振り返って判断するというのには釈然としない思いがあります。でも、医療過誤に関わらず、経営責任の裁判とか、その他どんな裁判でもそうなんでしょうね。

とはいえ、医療にはどんなに注意しても一定の割合で合併症をきたすものがあります。そのようなものまで、医師・医療機関の「最大限やれることをやらなかった」と責任が問われるのでしょうか。一定の割合で合併症をきたす例として、本書では椎間板ヘルニアの手術が紹介されています。「腰椎ヘルニア手術のようにきちんと手順を踏んでも患者に手術後、低い確率ではあるが一定の率で知覚麻痺、筋力低下などの神経根障害が半ば「不可避的」に発生してしまうという場合がある。 このようないわゆる「術中合併症」の場合は、それがおきる統計的な確率がある程度明らかであるなら、医療機関側の責任は手技ミスそのものというよりも、むしろ「手術の必要性」と「事前の説明義務のあり方」で決まってくるといってよい。術中合併症について十分な説明のうえ患者側の承諾を得れば、その結果、たとえば手術後に新たな軽い知覚麻痺等が生じたとしても責任は否定されることになろう。(p48-49)」やっと、ほっとする記述に出会えました。治療の必要性と事前の説明で、通常の範囲内での合併症なら責任は免れられます。当然といえば当然ですね。

医療過誤を起こした場合に、医療従事者個人を被告とすることについての著者の御意見があります。「患者側としては、医療機関のみを相手として訴えることもできるし、併せてミスを犯した医療従事者個人を訴えることも可能である。実際の訴訟例では両者のパターンのいずれもみられるが、医療従事者個人も併せ訴える例は、当該個人に対する患者側の個人的感情に基づく場合が多い。 訴えられた個々の医療従事者の精神的負担は予想以上に重いこと、被害者救済という観点からは医療機関のみを被告とすれば十分であること、医療水準の向上という点からはミスを犯した当の医療従事者の個人責任を事後的に追及しても抜本的な解決に結びつかないことを考えれば、個々の訴えで医療従事者個人を被告とすることは妥当とは思われない。(p127)」医療従事者個人を被告にしても、生産的なことは何も無いのでしょう。ただし、刑事責任が問われるような場合は別です。あくまで、この本での医療過誤がおきた場合にという条件付きです。

そうは言いながらも著者は、医療機関側には厳しい言葉を書いています。「医療水準に関する前期最高裁平成7年6月9日の考え方を前提とする限り(中略)裁判所は、悪しき結果が発生した以上は医療機関側の予見可能性の存在をまず否定しないといってよい。また、「やるべきことをやったか」という問題に関しても(中略)転医措置も含めて「(最大限)やれることをやったかどうか」が問題とされることになり、「(最大限)やれることをやらなかった」以上は責任を免れないとされかねない。ここでは、医療機関側の「医療現場の実態を考えれば、そこまでやる義務はなかったはずだ」という反論はほとんど通用しなくなってきているのが現状である。(p25)」医療機関側の責任は何かあった場合には厳しく問われるようです。

医療従事者にとっては具体例が豊富で大変読みやすい本だと思いますし、読んで損は無いと思います。厳しい判例に気が滅入りますが、これも仕方ありません。また、個人的な感想ですが、事前に副作用・合併症の説明を十分することが大切だと思いました。ただし、副作用・合併症の説明を行うと患者が「自信が無い医者だ」といって逃げるという意見もあるでしょうが、こんな事態を避けるべく、きちんとした説明を行った場合は保険診療で点数をつけてもらわなくてはいけないのではないでしょうか。事実上、副作用・合併症の無い医療行為は無いと思って頂いてよいわけですから、副作用・合併症の説明をされていない医療は安くしないと正直な医師が馬鹿を見るだけで、自己決定権侵害型の医療過誤は減らず患者さんの利益に結びつかないのではないでしょうか。

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