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zoom RSS 富山・射水市民病院での呼吸器外しで、専門性と責任の問題。

<<   作成日時 : 2006/04/11 20:24   >>

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少しずつ射水市民病院での呼吸器外しの状況がわかったきたように思います。現時点で、どのように判断したらよいのか、ここ最近の報道や、横浜市立大学医学部附属病院での患者取り違え事故の報告書も読みながら、考え、そして迷いたいと思います。

まず、毎日新聞の報道をみてみましょう。

射水呼吸器外し:外科医に同情の声多く
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/jiken/news/20060407k0000e040070000c.html

 富山県射水(いみず)市の射水市民病院(麻野井英次院長)で、00年秋から5年間に、末期患者7人が人工呼吸器を外されて死亡した。このうち6件の関与を認めた外科医師(50)=自宅待機=は、取材で医師の信条を問われ、「(患者やその家族への)愛」と答えた。「たとえて言えば、赤ひげ先生」。周辺で聞こえるのは、外科医師に同情する声ばかり。終末医療の現場で何があったのか−−。【富山呼吸器外し取材班】

●「悪く言う人はいない」

 外科部長の専門は消化器外科。95年4月に射水市民病院の外科医長、97年4月から外科部長になった。連日、午後10時ごろまで勤務。週末も出勤し、患者のために深夜でも病院に駆け付けた

 市内の開業医は「助けたいと思ったら、12時間でも24時間でも一生懸命手術するタイプ」と話す。病院で死亡した患者の遺体搬出時にはスタッフとともに見送り、葬儀にも出来るだけ参列していたという。診察日には待合場所がいっぱいになったといい、通院患者の1人は「あの先生を悪く言う人はいない。(病状について)年寄りにも分かるように丁寧に説明なさる方だった」と話した。
(中略)

●病院内部で何が

 射水市民病院は13診療科、200床の、リハビリや人工透析施設を備えた地域の基幹病院だ。昨年4月、麻野井院長が就任して経営面での改革に乗り出し、患者数の増加や閉鎖病棟再開などの成果を上げていたという。

 昨年10月に病院内で問題が発覚した直後、院長は外科部長と3回、話し合った。この内容について、院長は会見で「(外科部長は)『尊厳死』という言葉を繰り返し使った」と説明。しかし、外科部長は報道陣に「尊厳死とは主張していない」と話しており、食い違っている

 「後悔していません」。03年に同病院で患者の呼吸器外しを依頼した家族は、点滴を受け呼吸器で息をする姿を前にして、「可哀そうで、いつまで続くかと思うとつらかった」と打ち明けた。05年に外科部長に呼吸器のスイッチを切ってもらった別の患者の家族は、「(外科部長は)悪いことをしたわけでないのに、気の毒」と話す。
(中略)

●捜査の行方は

 外科部長は呼吸器を取り外した際、「家族の同意はあった」とする。しかし同意書はなく、「サインしてくれとは申しわけなくて言えなかった」と釈明。「ルールを外した」と認めた。麻野井院長は「最低限、院長には(事前に)相談するべきだった」と語る。

(中略)

毎日新聞 2006年4月7日 15時00分


これを読む限りは、良い先生で、患者・家族との関係は良好だったようです。患者の意思や家族の中で誰が一番患者の意志を推定できるか、十分知っていたと推測してよいのではないでしょうか。また、専門が消化器外科ということですので、消化器の癌は専門の範囲と考えてよいと思います。

また、同意の件ですが、以前の記事でも書きましたが、

患者の明確な意思表示が存在しないときは推定的意思によることが許され、推定的意思を認定するには、事前の文書による意思表示や口頭による意思表示が有力な証拠となる。

とあるので、口頭で聞いてカルテに書いておけばよいのでは(但し、看護師同席のもとで看護記録にも書いてもらうとか、後から看護師からも確認してもらうとかが必要だとは思うのですが)。

また、週刊新潮4月6日号で、ガン治療の最前線に長らく身を置いてきた、大病院のあるベテラン医師によると「”延命治療をやめて構わない”などと書かれたものにサインすることが、家族にとって後々どれほど負担になるか。家族が死ぬ決断を下した事実を文書に残せ、などと要求する医師がいたとしたら、それこそ常識を疑います。」と書かれています。

次に読売新聞から。

外科部長の方針通りに診療、病院ナンバー2医師が証言
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060409i301.htm

 富山県射水(いみず)市の射水市民病院で、患者7人が延命措置の中止により死亡した問題で、外科チームナンバー2の医師が8日、外科の診療態勢について、「外科部長と議論するのは難しく、部長の方針通りに診療するしかなかった」と、読売新聞の取材に対して語った。

 この発言について、外科部長は同日夜、「外科は一つの家族みたいなもので、チームで診療している」と話したが、ナンバー2の医師の発言だけに、実際は外科部長の一方的な指示で診療が行われていた可能性が強まった。

 同病院では、患者7人の延命措置が中止された2000〜05年の間、外科の医師はほぼ4人で、この医師はずっとナンバー2の立場にいた。

 この医師は、延命措置中止問題については言及を避けたものの、外科の診療態勢全般について、部長が主治医を選任し、指示を出すトップダウン方式で、外科全体で診療方針を議論して決めるようになっていなかったことを明らかにした。外科部長についても、「自分の意見を貫く人。指示、命令に従うしかなかった」と述べた。

 外科内の雰囲気について、同病院の麻野井英次院長も会見で、「外科部長に反論できる状況になかった」と説明。外科部長とともに人工呼吸器の取り外しにかかわった外科医や看護師の一部も、県警の事情聴取に対し、「部長の判断で取り外しが決められていくやり方には倫理上問題があると感じていた」と供述している。
(2006年4月9日3時5分 読売新聞)


これを読むと、医療チーム内のコミュニケーションは問題があったように読めます。でも、この点を少し考えたいと思います。

まず、注意したいのは今回の呼吸器外しの件に限定すれば、医師間で話し合うべきことは、以前書いた通り、患者意思の推定と、死の回避不可能の状態であるか(中止の対象となる行為との相対的な関係という条件がつきます)ということとです。

患者意思の推定に必要な条件としては、前の記事に書きましたが、

家族の意思表示を判断する医師側においても、患者及び家族との接触や意思疎通によって、患者自身の病気や治療方針に関する考えや態度、患者と家族の関係の程度、密接さなどについて必要な情報を収集し、患者及び家族をよく認識し理解する適格な立場にあることが必要である。


とありますから、普段から診療していた医師チームによる判断でなくてはいけないでしょう。院長がこれらの患者の診療に関わっていなければ、患者意思推定を的確に行えるとはみなされないことになります。以上、院長は患者の意思推定には不適格と思われます。

次に、死の回避状態が不可能であるかどうか、ということですが、これはその医師の専門が何かによって信頼性が大きく違ってくるのではないでしょうか。外科部長の専門は消化器外科でした。一方、院長の専門は、射水市民病院のホームページによると循環器内科とのことです。

循環器内科は心臓の病気を主に扱う科です。心臓に癌や腫瘍ができることは非常に珍しく、循環器を専門とされる医師は癌患者を診療した経験は無いに等しいと思います(国立がんセンターのサイトを見てもらえばわかりますが、がんセンターには循環器グループは無いです)。となると、院長は癌患者の死が回避不可能かどうか判断できない可能性が高いということになります。

こう考えてきますと、院長に相談したところで、患者の意思推定はできないし、癌による死が回避不可能か判断できなかったと思われます。

ということで、患者の意思推定も死の回避不可能性についても、院長に相談するよりは、外科チーム内で相談した方が正確なことがわかります。院長が管理責任者として関わるのはわかりますが、医学的判断は癌患者に関しては無理な状況でしょう。

となりますと、今回の呼吸器外しの問題点は、外科チームでのコミュニケーションの悪さが問題なのでしょうか。

外科では危険を伴う治療を常に行っており、緊急時の素早い意思決定が必要とされると思います。だとすればトップダウン形式の意思決定による診療が必要なのではないでしょうか。そう考えると、外科の診療形態がトップダウンであるのは仕方が無いとも思えてきます。その代わり、トップの判断は重要で責任も重大です。ですから外科部長は毎日遅くまで仕事し、深夜も出てきていたのだと思います。

また、外科チームを構成する医師の経験年数を知りたいです。ナンバー2の医師は経験年数が足りなければ、何年居ようが頼りになりません。外科部長との議論も難しくなるでしょう。そこも考える必要があると思います。

それに、コミュニケーションの問題は医師の間だけではなく、一般の会社でも上司と部下の間に同じような関係は生まれるのではないでしょうか。上司は良い雰囲気で仕事ができていると思っているが、部下は物が言いにくい雰囲気と感じている、なんて良くある話なのではないでしょうか。ですから、どの程度の反論のしにくさだったのか、ここを詳しく知りたいと思います。絶対反対と思っても言えなかったのか、自分なら行わないが許される範囲だと思ったから反論しなかったのか、それによって外科部長が非難される度合いが変わってくるでしょう。ナンバー2の医師が、意見を言いにくいから言わなかったのか、意見を言ったが正当な理由無く聞かれなかったのか、この2つの違いだって重要です。外科部長が、意見を言われても正当な理由無く聞かなかったなら問題があると考えられますが、意見を言われなかったなら強権的かそうじゃないか判断はできません。”雰囲気”で判断するのは危険です。

極端ですが、次のような意見もあります。週刊新潮4月6日号によると、先ほどのベテラン医師ですが、「病院長は他の医師に相談しておくべきだったとも言いますが、それも偽善に過ぎない。周囲に聞いたところで、責任を取りたくないがため、反対するものが必ず出てくる。結局、担当医が一人で決断するしか手はないのです。」と書かれています。

ここで話ががらりと変わるのですが、責任者が必要であるということについて、横浜市立大学医学部附属病院での事故の報告書を読んで考えてみたいと思います。

こちらに横浜市立大学医学部附属病院での患者取り違え事故の報告書があります。その中の、事故再発防止に向けてのなかで、「チーム内の意思疎通が不十分であったと言わざるを得ない。その点で,チーム医療においてリーダーとしての役割を果たしている者の責任は大きい。」と書かれています。また、事故再発防止に向けてhttp://www.yokohama-cu.ac.jp/ycu_old/jimukyoku/kaikaku/bk2/bk26.htmlでは、
3 医師の責任体制の確立

(1) 主治医グループ制の見直し

 主治医とは患者の治療の中心となる医師であり,医師と患者との関係は,「1対1」が基本である。附属病院の第1外科においては,主治医は1人ではなく,4人を基本としたグループ制をとっている。これは,1人の医師が責任を持って何人かの患者を受け持つのではなく,グループの構成員である4人の医師が全員で一様に患者の診察に携わるシステムである。
 現在,助手がグループの責任者になっているが,実際に中心となって患者の治療を行っているわけではない。
 また,今回のカルテの記載を見ると,複数と思われる筆跡で書かれていたが,そのほとんどに記入者の署名がなかった。
 このような主治医グループ制では,グループ制の弊害が現れ,患者に対して,どの医師が責任を持っているのかが,漠然として,わからないシステムになっている
 グループ制をとる場合であっても,患者に対する主治医は,本来1人とすべきであり,そのグループの責任者は,個々の患者を受け持つ一人ひとりの医師を指導するとともに,患者全体を把握する責任を果たすことが必要である。


とあります。これを読んでも、外科部長がリーダーとなり責任をもって診療にあたる、そこでトップダウン的な指示がでても、責任者として当然であると思えてきます。

以上を考えますと、今回の呼吸器外しの問題が、どこにあるのか良く分からなくなってきました。

何が問題になるのかもう少し考えてみようと思います。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
理にかなっていると思いました。
現場の医師です。この事件を聞くといつも事件は会議室で起きているのではない。現場で起きているんだ。と叫びたくなります。(笑)
きょろきょろ
2006/04/22 04:04
コメントありがとうございます。
おっしゃられる通りです。会議室(この場合、社会とか報道とかでしょうか)の議論が、現場の状況を反映して実現可能な結論を出していただきたいと思っております。一方で責任者が必要だと言われ、他方でグループ内の対等な議論が必要だと言われています。しかし、そのような組織が日本の普通の人間が作る組織で可能なのかどうか、気になっているところです。
三余亭
2006/04/22 12:35

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富山・射水市民病院での呼吸器外しで、専門性と責任の問題。 三余亭/BIGLOBEウェブリブログ
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