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zoom RSS 臓器売買再考

<<   作成日時 : 2006/05/31 00:01   >>

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前に臓器売買についていろいろと書きました。その中でhalさんより、
素朴な反感はさておき、移植があってもよいと思うのであれば、そこに金銭授受が介在する(もしくは介在させる)メリットとデメリットを考えてみる必要もあるかと思います。
とコメントを頂きました。だいぶ時間がたちましたが、考えてみました。

昔、日本でも売血が行われていたことも書きました。売血と献血の比較ができれば、臓器提供が無償である場合と有償である場合の違いを検討する際に参考になるのは確かです。この問題を考えるにあたり、利用できる最高のエビデンスです。

移植臓器の売買は人身売買で、R Titmusの言葉が紹介されていた論文を引用しました。その後Titmusについていろいろ調べてみましたところ、北村健太郎氏の論文を見つけました。(本当はTitmusの著書を読むのがよいのでしょうが、そちら関係の英語は無理そうなのと手に入りにくさとの事情で、孫引きです。信頼が落ちるのは分りますが、私の実力ではここまでです。)血液利用の制度と技術という論文ですが、その中に以下のようにありました。

ティトマスはイギリスとアメリカの血液供給システムを比較し、イギリスの方が勝れていると結論づける。ティトマスによれば、アメリカは大量の血液を売血に頼っており、「『職業的』売血者は、無償のボランティアのようには誠実さをもって病歴を語ると期待することはできない」(Titmuss[1968=1971:186])分、血清肝炎の感染などの危険性が増す。一方、イギリスは「血液は、コミュニティによって、コミュニティのために、自由に献血されている」(Titmuss[1968=1971:186])ので、安全な血液が「無償の賜物」として供給されると述べる。


イギリスの献血制度とアメリカの売血制度を比較したようです。安全なのはイギリスの献血制度、とのことのようです。

現在は肝炎ウイルスなどは、時期による問題はありますがスクリーニングできますので、Titmusが検討した時代とは異なります。という意味では、彼らの結果から結論を下すのは問題があるかもしれません。しかし、未知の感染症の流行があった場合に、その地域への渡航歴、生活歴などが金銭目当ての提供者の場合は正確に知らされないとなれば、臓器を移植された側に危険が生じてしまいます。1回きりの提供ですから何とか高く売りつけようとする動機は売血以上に強くなると思われ、結果として正確に知らされないのは売血以上になっても不思議ではありません。未知の感染症なんて心配する必要があるのか、という問いには、AIDSは何千年も昔からあった病気ではないことや鳥インフルエンザの例を出せば、今後新たな感染症が出てくる可能性を否定するわけにはいかないでしょう。

血液の例を考えますと、金銭目当てという動機による臓器提供は、臓器を移植される側にも必要以上のリスクが生じるのではないでしょうか。

それでも提供される臓器が増えればリスクの高い臓器でもよいではないか、という意見もあるでしょうし、一時的には臓器提供は増える可能性はあるかもしれないと思います。しかし、貧困が動機であれば、臓器を売ることにより経済状況がよくなると、次の世代では貧困が動機となって臓器を売る人は減るし、そうなると貧困以外の動機に頼らなければ臓器は手に入りません。臓器売買が貧困層によい結果を生み出すとしても、というか、そうであるならば、長期的には臓器の確保は貧困由来の動機には頼れないことになりはしないでしょうか。つまり、金銭以外の動機に頼らなければならないのではないでしょうか。

貧困が動機で臓器を売っても貧困が改善しなければ臓器確保の点では大丈夫ですが、それは搾取だと思いますし、倫理的に許されることではないでしょうし、貧困層もそれなら臓器を売らないでしょう。

臓器の提供数が増えるならよいですが、有償での臓器提供を認めれば無償での提供が減ってしまいあまり有効ではないのではないかという考えもあるでしょうし、私も持っていました。機関を分ければ防げるという話が黒瀬氏の論文で紹介されていました。
ゲルトナーたちは、ラドクリフ‐リチャーズたちよりも詳しく、臓器売買を規制し監視する制度を論じている。制度は二つの分離した組織(Organisation oder Agentur)からなる。一つは、臓器を買い上げ、売り手に支払いをする部門である。二つ目は、お金ほしさでなく、純粋に利他的動機から臓器を提供しようとする人を担当し、臓器に対して支払うお金を慈善的な目的に投資する部門である。このようにゲルトナーたちが組織を二分するのは、腎臓の提供者の減少を防ぐためである。金銭が支払われることで、利他的動機から提供の意思を持っていた人が嫌気がさし、提供者が減るかもしれないからである。ゲルトナーたちは組織を厳格に二分することで、利他的な臓器提供の意思も生かすことができて、提供者の減少を防げると考えている。


再生できるという点で腎臓とは違いますが、血液に関しては売血と献血の歴史があります。利他的動機からの献血が売血と一緒に制度としてあった時期もあるようですので、どうなったかを見るのは有意義でしょう。北村氏の論文にあるとおり、
日赤が血液事業を実施し始めたころ、保存血液の薬価基準収載という問題が起こり、日赤と民間の血液銀行が対立した。当時、保存血液は薬価基準に収載されておらず、健康保険の適用外だったために血液の使用量が抑制されていた。日赤は「血液は薬ではない。血液は生きている人間の組織の一部分だから、輸血しても役に立つ。それを薬とはなにごとか」(池田[1992:126])と反論した。一方、民間の血液銀行は、輸血の普及を強力に主張した。売血で集めた血液を大量に売らなければ、産業として成り立たないからである。最終的に1954年、保存血液は正式に薬価基準に収載され、200ccが1200円から1400円となった。このとき200ccの売血は、400円から500円である(池田[1992:126])。保存血液が健康保険の対象にされたことで、1954年後半ごろから奉仕供血(献血の当時の呼称)が減少し始め、1955年から返血、1957年から預血も衰退していった。他方で、健康保険適用で血液の使用量が増加したため、日赤も血液の不足分を売血によって補わざるを得なかった(厚生省薬務局企画課血液事業対策室[1995a:5])。こうして、日赤の目指した無償供血体制は失敗し、売血が柱となって日本の血液供給を支えた。
ということで、献血と売血の両制度のうち売血が優勢になったようです。その結果、ライシャワー氏の肝炎につながるのですが。この一連の話で、輸血を移植医療、献血を無償の臓器提供、売血を有償の臓器提供に読み替えるて、利他的な理由からの臓器提供は金銭目的の臓器提供と両立しないと考えるのは、どう思いますか。

「経済学的思考のセンス お金がない人を助けるには 大竹文雄著 中公新書」ではエピローグで、
使命感、生き甲斐、仕事の面白さ、社会的な名誉、社会的な倫理観といった非金銭的なインセンティブによって人々が働いていたときに、不十分な金銭的インセンティブを導入したとたん、非金銭的インセンティブが機能しなくなることもある。(p221)
と、書かれています。この言葉を参考にするなら、臓器を提供する人間のインセンティブが金銭によりどうかわるかが分らなければ有効な結論がでない、というのは経済学を知らない人間が自分の考えにあった言葉に飛びついた浅はかな考えでしょうか。「ほめるな」でも書いてあった内発的動機付けと外発的動機付けの話と一緒だと考えたのですが、どうでしょうか。

臓器売買によって十分な臓器が提供されれば生じない問題ですが、臓器売買でも臓器提供が不足していれば順番待ちの必要が生じます。これについては、黒瀬氏も指摘されています。正規ルートでの移植は厳格に基準に基づいて順番待ちリストを作成します。すると、より早く移植してもらおうとする人間が出てきて、正規ルート以外での臓器移植が生じる可能性はないのでしょうか。透析の期間が延びるとそれだけ合併症の危険が生じますから、順番を飛ばしたいという動機は十分あるはずです。しかし、それなら闇市場と一緒です。

まとめますと、金銭を介在させることで一時的には臓器提供が増えるかもしれません。しかし貧困が解決されれば(貧困が解決されなければ搾取だと思います)金銭目的の臓器提供は低下する可能性があることから長期的には金銭以外の動機からの臓器提供に頼らなくてはいけないのではないかということ、また、臓器の安全性に利他的な動機からの提供と比較して問題が生じる可能性があること(血液での例からの推測ですが実際に起きたことです)、臓器が足りなかった場合には現在と問題は変わらないこと、などが問題ではないかと考えています。従いまして、黒瀬氏と同じ意見で、臓器売買には賛成できません。

蛇足ですが、ピーター・シンガーが「実践の倫理 新版 昭和堂」の中で中絶胎児の売買について触れていました(ピーター・シンガーを引用しますが、だからといって他の問題についての彼の意見に全面賛成ではありません)。臓器売買が認められれば、次から次へと妊娠しては中絶して胎児を売ることだって、可能なはずです。かれは中絶胎児の売買について以下のように書いていました。
私は胎児組織の利用を促進したいと思っているが、胎児組織の自由な売買を認めることには大いに抵抗を感じる。それは、女性が市場における搾取から自分自身を守れないと考えるからではない。事実、胎児組織の自由な売買が、もっとありふれた雇用形態において認められているよりもひどい搾取形態であるとは私には思えない。私が胎児組織の自由な売買という考えを嫌うのは、むしろR・M・ティトマスが医療目的の血液供給について数年前に論じたように、我々が利他主義にもとづく社会政策と市場にもとづく社会政策との間で選択するとき、我々は異なった二つのタイプの社会の間で選択しているのだという理由による。さまざまな理由から、我々の社会にはお金では買えないものがあったほうがよいのである.。すなわち、愛する人の利他心に、それどころか見知らぬ他人の利他心にさえ我々が頼らなければならないような、そんな状況が我々の社会にはあったほうがよいのである。私は商業主義が生活のあらゆる面にはびこることに抵抗する努力を支持しているのであり、したがって、胎児組織の商業化には抵抗するだろう。(p203)

彼なら、胎児組織を臓器と言い換えて臓器売買に反対するのではないでしょうか。

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内 容 ニックネーム/日時
よくわかりました
RiRi
2010/04/20 17:38

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