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zoom RSS 【生命の尊厳とはなにか アーサー・カプラン著 久保儀明・楢崎人訳 青土社】

<<   作成日時 : 2006/05/11 16:52   >>

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halさんより、生命への先端科学的な介入をすべて忌避する極端な方と教えていただいたアーサー・カプランの著書(アーサー・カプランのホームページはhttp://www.bioethics.upenn.edu/people/?last=Caplan&first=Arthur)。原著は1998年に出版されており、日本語訳は1999年11月に第1刷が出版されています。かなり早い時期に翻訳されています。

「本書の大部分は、新聞に定期的に寄稿した原稿がその初出である。(p6)」ということで、まとまった倫理学説の展開というよりも、医療に関連する倫理的な問題についての発言集のような感じです。取り上げられている話題は、先端医療から医療保険の問題まで幅広く、生殖医療や医学研究、医療システム、医療経済、移植の順番決め、自殺介助(積極的安楽死のこと)などなど、多岐にわたります。1998年当時のアメリカが抱えている医療上の問題を考えるうえでは参考になると思われます。特に、医療保険でアメリカが抱える問題については、日本でも医療費削減が課題となっている現在、どのような医療体制が良いのか考える上で、現在でも参考になると思います。但し、アメリカの医療制度について知識が全く無い状態で読むのは少し難しいと思います。

最初の章で人口妊娠中絶が取り上げられています。1996年にクリントン大統領が妊娠28週以降の中絶を禁止しようとする法案に拒否権を発動したことに触れられています。アメリカでは大問題となる妊娠中絶ですが、こうした妊娠28週以降の中絶にまつわる論争は「姿を消してしまうことだろう(p19)」と書かれています。というのも、「子宮内の胎児の細胞を母体の血液から取り出す新たな技法がすでに開発されており、(p19)」「深刻な先天的欠損症を持った新生児が生まれてくる恐れがあるといった理由によって妊娠の中絶を望む女性は、妊娠3ヶ月までの期間においてそうすることができる(p19)」からです。「この新技術は、今のところ臨床の現場で試用できる段階にはない。(p20)」と書かれていますので、当時は先端技術でしょう。そのような技術により問題が解決することを期待されていると思われますので、先端医療に何でも反対という立場とは違う印象です。

第4章では研究者の倫理についても書かれていました。研究者といっても医学研究、特に臨床試験に携わる方の倫理について書かれています。被験者に対するインフォームド・コンセントに必要性、施設内倫理委員会の必要性に加えて、多施設共同研究での説明文書の審査の問題なども書かれています。かなり、実際的・具体的な倫理問題に御精通されていると思われました。

アメリカの医療制度についても書かれており、それをちょっとご紹介したいのですが、アメリカの医療制度が分からないと一体何を問題にしているのか分からなくなってしまうと思います。そこで、まず、「入門 医療経済学 柿原浩明著 日本評論社 2004年」よりアメリカの医療制度について要約しますと(p154−160)、

先進国の中で唯一国民皆保険制度がない。公的医療保障制度としては、連邦政府運営の高齢者および障害者対象のメディケア、州政府運営の貧困者向けのメディケイドがある。

医療費は2000年で1兆2995億ドル(日本の5倍弱)、対GDP比13.2%(日本の約2倍)。政府支出は5872億ドルで医療費に占める割合は45.2%(日本は約10兆円で32.1%)。

民間保険には1億7950万人が加入、メディケアの受給対象者は3700万人、メディケイドは2860万人、無保険者が3870万人。無保険者が人口の15.8%。

民間保険≒マネジドケア(医療内容に医師以外の保険者が介入し、医療サービスになんらかの管理・制限を加え、財政的リスクを医療提供者に負わすことにより、医療サービスの提供に関してのコスト抑制インセンティブを高め、効率的な医療を提供する仕組み。(p155))にはいくつか種類があり、Health Maintenance Organization(HMO、健康維持組織)、Prefered Provider Organization (PPO、特約医療機構)、Point of Service (POS)などがある。HMOは医療供給者と契約を結び、会員はHMO参加医から包括的医療サービスを受けるよう要請される。PPOはHMOと基本的には同様にネットワーク内の医療提供者を利用するがそれ以外の医療提供者も利用できる。POSは最初にprimary care physicianによる初診を受け、その後専門医の治療を受ける際、ネットワーク内か外の医療機関を選択する。

直接に専門医を受診できないことへの不満が高まり、大手HMOであるUnited Healthcare社が1999年に専門医への直接受診抑制をやめると宣言して以来、多くのHMOがその方針を模倣し、制限の緩やかなPPOへの移行が起こった。今後HMOは減少の一途をたどることが予想される。


さて、その民間保険に関すると思われる章が第7章「管理医療」システムです。おそらく、マネジドケアの翻訳が「管理医療」だと思うんですが。

1998年に出版された本ですし、上述のように1999年にはUnited Health社の方針転換などもあり、注意して読まなくてはいけないと思うのですが、以下のように医療内容に医師以外の保険者が介入することの問題点を指摘してます。

「今日、健康管理の「経済学」は急激な変化を体験している。民間企業、それも医療とはまるで無縁の民間企業が、健康管理に必要とされる医療費を削減する業務に携わるように求められているからだ。(中略)患者は、商業的な利益や株主への配慮のせいで自分が受けている治療がじゅうぶんな効果をあげることが出来ないのではあるまいかという懸念を持たざるを得ない。(p237)「健康管理によって金銭的な利益を得ようとすることには、本質的には何一つとして間違いがあるわけではない。だが、利用しうる医療措置に大幅な制限を加えるということであってみれば、一般市民にそれを告知し、じゅうぶんな説明を加えた結果生まれた同意という手続きを踏まなければならない。それを監視する責任を医療の提供の現場にかかわっている人たち、とりわけ、医師に肩代わりさせることは非道徳的である。というのも、そうすることによって、患者と医師の信頼関係にとって、ひいては、質の高い健康管理にとってけっして欠くことができない道徳的な美質が危険にさらされてしまうからである。(p238)」

「安いが治るまで時間がかかる医療と、治るまで短いが高額な医療があるが、保険会社は安い医療をするように私たち医師に指導しているために、治るまで短い高額な医療は患者であるあなたには施せない。」と医師から言われたら、その医師の治療を信頼できるか、ということなのだと思います。

日本でも必要であるとされているにもかかわらず保険から報酬が支払われないために問題が起こった例もあります。http://www4.airnet.ne.jp/abe/essay/970627.htmlhttps://www.doctor-agent.com/newsinfo/malpractice/vol036.doに詳しくあります。他人事ではありません。

アメリカの医療制度で無保険のまま医療を受けると、どのようなことになるかについては、毎日新聞のサイトがよいかと思います。http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/tatenarabi/news/20060412ddm002040015000c.html

第9章自殺介助では、積極的安楽死で有名なキヴォーキアン博士を非難する態度は強いです。積極的安楽死ではなく自殺介助という言葉が使われていますが、原著でもそうなのか、あるいは訳者がそうしたのか分かりませんが、とにかくそういうことには反対の立場です。「筆者もその一人なのだが、自殺に医師がかかわる謂れなどなく、医師に、その訓練と技術を使って死を処方する法的な権限を与えることは、そうした権限の濫用や過失をひきおこし兼ねないと考えている人々(p293)」と書かれています。私も、医師がそこまでしなくても、と思います。

事前指示advance directiveは失敗という指摘があり、これは臓器移植についていろいろ書く前には呼吸器外しと関連して主に考えていたことであり、ひとことあるのですが、長くなるのでまた今度にします。

以上、「生命の尊厳とはなにか 医療の奇跡と生命倫理をめぐる論争 アーサー・カプラン著 久保儀明・楢崎人訳 青土社」を読んで、いろいろ思ったことを書きました。

医療関連の実際的な倫理問題を考えるのに参考になるとは思いますが、メディケアとかメディケイド、臨床試験の問題など話題となっていることの背景を知らないまま読むのは難しいと思われ、そこは難点でしょう。

なお、訳語での問題を一つ見つけ、National Surgical Adjuvant Breast and Bowel Project(NSABP)という組織の訳が、「全国外科補助的乳房腸管計画(p137)」とはあまりにも直訳。NSABPのホームページはhttp://www.nsabp.pitt.edu/。また、日本語での紹介は、http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n1998dir/n2279dir/n2279_01.htmを参考にしてください。

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障害者の経済学
福祉に対する健常者の意識の低さを痛烈に感じさせられた。しかし、 ...続きを見る
速読 & 読書 感想文
2006/05/14 09:05
事前指示advance directiveは失敗か
「生命の尊厳とはなにか 医療の奇跡と生命倫理をめぐる論争 アーサー・カプラン著」で、事前指示advance directiveは失敗という指摘があり、これは臓器移植についていろいろ書く前には、呼吸器外しと関連して主に考えていたことであり、ちょっと一言。なお、advance directiveとリヴィング・ウィルの違いについては、稲葉一人氏による医療における意思決定 ――終末期における患者・家族・代理人――という論文での解説を引用すれば、 ...続きを見る
三余亭
2006/05/19 12:26

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