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zoom RSS 【素粒子の物理 相原博昭著 東京大学出版会】

<<   作成日時 : 2006/05/21 16:19   >>

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素粒子について勉強する必要は全く無かったのですが、純粋に興味だけで買ってしまいました。”はじめに”を読むと、「高校で学ぶ物理や数学の知識をもとにして素粒子物理の論理構造を概観してもらえるよう、できるだけやさしく書いたつもりである。(pB)」ということでしたし、前半部分を立ち読みしたら大丈夫そうだったので、衝動的に買ってしまいました。

でも、やはり厳しかった。特に後半部分は理解したとはとても言えない状況です。特に、量子力学の知識については、本書で解説されているよりもあった方が理解しやすいのではないか良いと思いました。しかし、理解できなかったが大変面白かった、という滅多にない経験をさせてもらえました。

理論が粒子の存在を予測し、実験によってその粒子を見つけて理論が正しいされる報道に接するたびに、モノのあるなしを理論が予言するとはどういうことかと前から不思議に思っていました。この本を読み終わって、式の導出やら意味やら自分で述べよと言われても、そんなことは到底無理なのですが、モノのあるなしが理論からでてくるということの論理構造はわかった気がします。ローカル対称性を要求することで、ある粒子の質量や作用に相当する項が式の中にあらわれ、その粒子の存在が出てくる、ということだと理解しました。長年の疑問が解決した気分で、あとのわからないことはどうでもいいという、よくわからない爽快感があります。

以前に触れた科学哲学との関連で言えば、このレベルでモノのあるなしが議論されると、【疑似科学と科学の哲学】【科学哲学の冒険】など触れられた反実在論の立場をとりたくなることも事実。モノが理論から出てくる現場では反実在論的な立場が説得力があるかと思いました。ある程度応用されるていろいろなことができるようになると介入実在論を支持したい気分になるのですけど。

また、素粒子の研究には加速器が必要で、その予算がつかなかったとかなんとか聞いたことがあります(http://www.kek.jp/sokendai/accl/hirata2003_3.html)。こちらにあるように、加速器の世界も社会とのかかわりの中で大変なようです。生命科学分野ではES細胞や幹細胞の研究で倫理的・法的な問題が発生して社会との関わりが出てきますが、物理学も金銭がかかるようになれば社会との関連が強くなり、科学以外の要因による影響を受けるのは避けられないのでしょう。

さて、本書を読んでのまとめですが、読者として想定されていない人間が読んで、物理学は本物の素人ですから、教科書として良いのかどうか、さっぱりわかりませんが、「必ずしも物理を専門とする学生だけでなく、物質の最小構成要素である素粒子の世界がどのような法則によって成り立っているのかに興味のある学生にも、素粒子物理のエッセンスであるゲージ理論の論理構造を理解してほしいと思った(pB)」ということは、ある程度成功したのではないかと思います。

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