三余亭

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zoom RSS 【愛国者は信用できるか 鈴木邦男著 講談社現代新書】

<<   作成日時 : 2006/06/02 01:10   >>

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新右翼として有名な著者が「愛国者ゆえに日の丸・君が代は大切にすべきだと思うし、<強制>なんてすべきじゃない。(p9)」という考えで、愛国心や天皇制についての考えを述べられた本です。
愛国運動の素晴らしさも分るし、同時に、集団となった時の狂気・凶気もわかる。そこから、愛国心をどうやったら暴走させないか、凶器にさせないか。それをこの本で、考えてみたいと思う。(p51)
右翼や保守派のステレオタイプの主張ではないようです。

私は政治的には保守的とはいえない人間だと思っていますが、政治についての議論にはあまり興味がわきません。姿勢としては、弱肉強食の社会よりは、弱者のために配慮ということに傾きがちな傾向があります。あくまで傾向ですけど。

政治についての議論が、いろいろなオピニオン誌に出ています。保守的とされる「諸君」などのオピニオン誌は昔から性に合いません。でも進歩的とされる雑誌も今は読む気にもなれないのですが。オピニオン誌に書いてあるのは、保守的であっても進歩的であっても、どちらも「こう主張するだろうな」とこちらが予想できる範囲内のもので、最初から言うことが決まっている言葉で面白くない、というのが今はあります。

それでも、20歳前後のころはもう少し政治に興味があって保守的あるいは進歩的なオピニオン誌などを少し読んでいたような気もします。右翼団体や左翼団体に関する本も読んだ気がします。中身は忘れてしまいましたが。鈴木邦男氏の名前はそのころに知ったような気がします。新右翼である、一水会の代表である、生長の家で右翼思想に目覚めた、など。鈴木氏の文章は、もう少し後になりますが、SPA(産経グループの扶桑社)で読んでいた気がします。文章のうまい人だと思いました。また、言うことが決まっている言葉ではなかった気がします。私とは意見が合わないことを言うかもしれないが、自分自身の言葉で主張する人で、気になる人でした。

そんなわけで、鈴木氏の書いた愛国者についての新書を書店で見つけて立ち読みし、気に入ったと購入してしまったわけです。

愛国は保守的であり、憂国は革新的である。(中略)憂国は、この国の現状を憂うるのだ。(中略)憂国も極めれば「反日」になる。愛国と反日は相反するが、憂国と反日は紙一重だ。(p60-61)
憂国は、時に暴力的になり、暴発し、連鎖する。しかし、あくまでも個々人の自発的な意思に任されている。言うなればちょっと荒っぽいボランティアだ。
その点、愛国は一見平和的だが、暴発すれば国民全体を巻き込む。うむを言わせない。テロやクーデターは憂国から起きるが、局部的なものだし、瞬間的なものだ。愛国は<戦争>に突き進み、全国民を強制する。それも長い年月、強制する。
憂国は部分的で短期的だが、愛国は全体的で長期的だ。「憂国の士」はそれほどいない。しかし、「愛国」は全員が強制される。(中略)愛国心は、そうでない人間を排除し、罵倒するために使われることが多い。これは危険なことだ。「憂国」よりも「愛国」の方が何百倍も凶暴だし、残忍だ。(p68)


意外な言葉でした。「愛国」が危険で凶暴で残忍との言葉。戦争に対する否定的な態度。意外でした。進歩的と言えなくもない態度だと思います。しかし、憂国の方が安全だと読める部分は、テロの肯定のようにも読め、そこは右翼的と解釈できますが。

君が代斉唱時に本当に歌っているか確認するために音量測定器を使って計ろうとしていることを聞いて、
そこまでして「君が代」を強制する必要があるのだろうか。かわいそうだと思う。教師や生徒もそうだが、日の丸・君が代もかわいそうだ。こんな争いの道具にされてかわいそうだと思う。また、ガヤガヤとうるさい生徒に、それもいやいや歌われるなんて。
僕は日の丸・君が代が好きだ。だからこそ、そんな状態で歌って欲しくないと思う。(p72)


自分が好きなものを薦めるときは、いいところを伝えて相手に自発的に好きになってもらうのが日常生活では普通だと思います。でも、「決まり」だから管理職が「仕事」しなくてはいけず、「強制」になっちゃう。好きだからこそ、強制には反対である。結論は同じでも、動機は左翼・進歩派とは違います。でも、好きだから強制反対というのは、理由としてはよく分ります。

藤原正彦氏が「国家の品格」のなかで、「愛国心」ではなく「祖国愛」をと書いてあることを受けて、
「愛国心」を捨て、「祖国愛」にしたとする。何も変わらない。いや、かえって危険だ。だって、愛国心は、その名のもとに暴走し、戦争に突入した過去がある。牙も持っているし、暗い過去も持っている。だから、常に<反省>がある。ところが、無色透明の「祖国愛」になると、過去のしがらみもない、暗い過去もない。牙も感じさせない。でも、暴走し、いざというときには利用される。
たとえば、「韓国・中国になめられるな!」という声にしても、祖国愛のもとにあげられる。「北朝鮮なんか攻めちゃえ!」という声も同じだ。「俺たちは過去の日本と関係ない」と言うだろう。愛国心の名のものとにやった戦争には責任はない。今のこの日本を守るための「祖国愛」だ、と言うだろう。そこがこわいと思う。(p191-192)


戦争責任についての考え方を知りたいと思いました。従来の進歩的・左翼的考え方に近いのでしょうか。

「言挙げしない」。これが日本人のよさであり美徳だった。それに「優しさ」「謙虚」「寛容」だ。これが日本精神であり、国を愛する心だった。ところがこの美徳を忘れ、傲慢で偏狭、押しつけがましい「愛国者」が急に増えた。(中略)少しでも考えが違うと「反日だ!」「非国民だ!」と決めつけ排除する。
しかしこうした者たちこそが日本の美徳を踏みにじり、最も「反日的」ではないのか。(p193)


「優しさ」「謙虚」「寛容」、今の社会に忘れられているものの気がします。そんな社会だから「愛国」が変わってきているのかもしれません。

天皇制についても述べられています。三島由紀夫の女帝論、面白かったです。

本当に好きなものを人に勧めている書き方で、嫌味がないです。日本に対する品の良いラブレターといったら怒られるでしょうか。いいところも、悪いところも含めて、本当に日本が好きな方なのだと実感しました。

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【失敗の愛国心 鈴木邦男著 理論社】
よりみちパンセの中の一冊。一水会顧問の鈴木氏の著作は以前に「愛国者は信用できるか」を取り上げました。もう一冊読んでみようという気になったということは、どこか一致する部分があるということなのでしょう。自分では保守的・右翼的とは表はいないのですが。本書は「よりみちパンセ」の中の一冊ということもあり、わかりやすい言葉で書かれています。 ...続きを見る
三余亭
2008/07/02 02:11

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