三余亭

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zoom RSS 【戦争における「人殺し」の心理学 デーヴ・グロスマン著 ちくま学芸文庫】

<<   作成日時 : 2006/07/01 04:44   >>

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戦争というものをどう考えるか、いろいろな立場・意見があると思います。絶対に避けるべきものという考え、避けたほうが良いが必要な場合もあるとの考え、いろいろあるでしょう。いろいろあるでしょうが、今のところ人間は戦争を起こす場合があり、戦闘員を殺すことを目的とした行為が行われているわけです。そういう殺人がどのような場合におきるのか、殺人をおかした人間はどのように反応するのかなどが書かれた本です。著者のDave Grossman氏は米国陸軍に23年奉職し、レンジャー部隊・落下傘部隊の資格のある軍人ですが、陸軍士官学校で心理学の教授も勤めたことがあるということです。翻訳は安原和見氏。

軍人が書いたのだから戦争賛美だろうという先入観を持たれるかもしれませんが、そういうわけではありません。”はじめに”で以下のように書かれています。
本書で語られることば、かれら自身のことばは、戦士と戦争が英雄的なものだという神話を打ち砕く。ほかのあらゆる手段が失敗し、こちらにその「つけがまわって」くるときがあること、政治家の誤りを正すため、そして<人民の意志>を遂行するために、自分たちが戦い、苦しみ、死なねばならぬときがあることを、兵士たちは理解しているのだ。
マッカーサーは言う。「兵士ほど平和を祈るものはほかにいない。なぜなら、戦争の傷を最も深く身に受け、その傷痕を耐え忍ばねばならないのは兵士だから。」(p35)
というわけで、戦争に駆り出される立場を離れずに書かれた本書は戦争賛美の書物というわけではありません。反戦というわけでもないですが。冷静に戦争について書かれた本であるのは確かです。

読んで一番驚いたのが、第2次世界大戦における米陸軍の調査研究の結果ですが、
ヨーロッパおよび太平洋地域で、ドイツまたは日本軍との接近戦に参加した400個以上の歩兵中隊を対象に、戦闘の直後に何千何万という兵士への個別および集団の面接調査が行われたのである。その結果はつねに同じだった。第2次大戦中の戦闘では、アメリカのライフル銃兵はわずか15から20パーセントしか敵に向かって発砲していない。発砲しようとしない兵士たちは、逃げも隠れもしていない(多くの場合、戦友を救出する、武器弾薬を運ぶ、伝令を務めるといった、発砲するより危険の大きい仕事を進んで行っている)。(p44)
アメリカ軍だけではなく、日本軍やドイツ軍もそのようであった可能性が高いようです。
第二次大戦の戦場では、どの軍にも同じくらいの割合で非発砲者がいたに違いない、とダイアは述べている。「日本軍やドイツ軍のほうが、進んで殺そうとする者の割合が高かったとすれば、実際に発砲された銃弾の数量はアメリカ軍の3倍から5倍になったはずである。だが、そうではなかった」(p62)
人を殺そうとしない人間が8割も居た、このことの説明は著者によれば、
ほとんどの人間の内部には、同類たる人間を殺すことに強烈な抵抗感が存在する、という単純にして明白な事実である。その抵抗感はあまりに強く、克服できないうちに戦場で命を落とす兵士が少なくないほどだ。(p44)

驚きです。自分が殺されそうなのに、殺さないなんて、驚きです。しかし、著者は冷静に次のように述べます。
「人を殺すのがむずかしいのは当たり前だ」とそういう人は言うだろう。「私はどんなことがあっても人を殺すことはできない」と。だが、それは間違っている。適切な条件付けを行い、適切な環境を整えれば、ほとんど例外なくだれでも人が殺せるようになるし、また実際に殺すものだ。また逆に、「戦闘になればだれだって人を殺すさ。相手が自分を殺そうとしていれば」という人もいるだろう。しかし、それはいっそう大きな誤りである。(略)歴史を通じて、戦場に出た大多数の男たちは敵を殺そうとしなかったのだ。自分自身の生命、あるいは仲間の生命を救うためにすら。(p44-45)
人間は基本的には人殺しをしないもののようですが、条件がそろえば人殺しをしてしまうようです。それらのことが詳しく書かれています。

第一部では、人間は訓練を受けていない状態なら他人を殺すのに非常に抵抗があるということが、南北戦争、第一次・二次世界大戦の例を挙げて説明されています。第一部の最後では、
殺人への抵抗が存在することは疑いをいれない。そしてそれが、本能的、理性的、環境的、遺伝的、文化的、社会的要因の強力な組み合わせの結果として存在することもまちがいない。まぎれもなく存在するその力の確かさが、人類にはやはり希望が残っていると信じさせてくれる。(p96-97)
と書いています。

また、第二部では、殺人と戦闘の心的外傷と題して、殺人を犯したことによる罪悪感や、憎悪を向けられたことに対する反応、長期間の戦闘による精神の異常などが解説されています。敵であっても殺した場合の罪悪感はひどいようです。本書で引用されている兵士の言葉ですが、
私はぎょっとして凍りついた。相手はほんの子供だったんだ。たぶん12から14ってとこだろう。振り向いて私に気づくと、だしぬけに全身を反転させてオートマティック銃を向けてきた。私は引金をひいた。20発ぜんぶたたき込んだ。子供はそのまま倒れ、私は銃を取り落とし声をあげて泣いた。
  ベトナムに従軍したアメリカ特殊部隊将校(p165)
こんな兵士の言葉が多く紹介されています。そんな精神状態ではやってはいられませんので、防衛機転が働くわけです。
殺人の重圧はきわめて大きく、たいての兵士は自分が殺人を犯していることを認めまいとする。(p171)
戦争の実態はまさしく殺人であり、戦闘での殺人は、まさにその本質によって、苦痛と罪悪感という深い傷をもたらす。兵士の使う戦争のことばは(敵の蔑称や武器の愛称など)、戦争の実態を否定しやすくし、それによって戦争を受け入れやすくしているのだ。(p172-173)


第一部と第二部を読むかぎりでは、人間は他人を殺すようには出来ていないように思えますし、希望が感じられます。しかし、訓練を工夫することによりベトナム戦争では発砲率を95%まで高めることができ、効率よく戦闘での殺人ができました。

第七部ベトナムでの殺人で、旧式の訓練では発砲率が2割程度のところ、どのようにして95%までの発砲率にしたか、その高い発砲率により効率よく殺人できることになった兵士の心理的外傷、社会が兵士に与えた影響など述べられています。
殺人の神聖視は第一次大戦時にはまず例が無く、第二次大戦でもまれで、朝鮮戦争で増加し、ベトナム戦争時は完全に制度化されていたという。(殺人に対する脱感作のプロセス、p391-392)
以前の兵士は、草地に腹這いになって丸い標的をのんびり撃っていたものだ。だが、現代の兵士は、完全武装してタコツボのなかに立って何時間も過ごす。(中略)定期的に緑褐色の人型の的がひとつかふたつ飛び出してはさっと引っ込む。射程はさまざまである。兵士は瞬時に狙いをつけて的を撃たねばならない。命中すれば即座にフィードバックされるので満足感は大きい。(中略)つまりこれは、現代の戦場における殺人行為の正確な再現なのだ。(p394)
そこに作用しているのは、かつて心理学分野で発見され、現在戦争という分野で応用されている最も強力にして信頼性の高い行動修正プロセス、すなわちオペラント条件付けなのである。(p396)
このプロセスには副次的な効果があり、それについても考えてみなければならない。その効果とは、つまり否認防衛機制の発達である。否認と防衛の心理機制は、トラウマ的経験に対するための無意識の手段だ。(中略)基本的に、兵士は殺人のプロセスをなんどもくりかえし練習している。そのため、戦闘で人を殺しても、自分が実際に人を殺しているという事実をある程度まで否認できるのだ。(p396-397)
このような現代式の訓練の有効性は、フォークランド紛争でのイギリス軍とアルゼンチン軍の間や、パナマ侵攻でのアメリカ軍とパナマ軍の間での接近戦での殺傷率の差に現れているとのことです。

この訓練法ですが、その殺人への有効性のみならず、副作用も旧式の訓練とは違うようです。
ほとんどのベトナム帰還兵は、ベトナムでかならずしも対人的殺人の経験をしているわけではない。だが、訓練で非人格化を経験しているし、大多数は実際に発砲したか、あるいは胸のうちではいつでも自分が発砲できるとわかっていた。まさしくその事実、つまり発砲する気がある、発砲できるという事実(「頭の中ではすでに殺していた」)によって逃げ道がふさがれてしまい、戦争から持ち帰った自責という重荷から逃れられなくなったのだ。殺しはしなかったが、考えられないことを考えられるよう教え込まれ、そのために通常なら殺人者しか知らないような自分自身の側面を見せられた。問題なのは、脱感作、条件付け、否認防衛機制というこのプログラムを経験した者は、その後に戦争に参加した場合、いちども人を殺さなくても、殺人の罪悪感を共有する結果になりかねないということである。(p402-403)
実際に殺人しなくても罪悪感を持つかもしれないなんて、厄介な訓練です。

著者は、アーサー・ハドリーの研究に言及して、
すべての戦士社会、部族、国家には、帰還戦士たちのためになんらかの浄めの儀式が組み込まれている。そしてこの儀式は、帰還戦士だけでなく社会全体の健康のために不可欠のようだ、というのである。(p419)
と述べています。ゲイブリルの著作からの引用だと思うのですが、
戦争は人を変える。戻ってくるときは別人になっている。そのことを社会は昔から理解していた。未開社会で、共同体に復帰する前に兵士に浄めの儀式を科すことが多かったのはそのためである。これらの儀式では、水で身体を洗うなど、形式的な洗浄の形をとることが多い。これを心理学的に解釈すれば、戦いのあと正気に戻ったときにかならず伴う、ストレスや恐ろしい罪悪感を乗り越えるための手段と見ることができる。それはまた、弱さや孤独を感じずに恐怖を鎮め、再体験できる枠組みを与えることで、罪悪感をいやす手段にもなっていた。そうしてもうひとつ、お前は正しいことをした、社会はお前が戦ってくれたことを感謝しているし、なによりも正気で正常な人々から成る社会がお前の帰還を歓迎している、そう戦士たちに伝える手段だったのである。
現代の軍にも同様の浄めの装置がある。(p419-420)
儀式が重要であろうことは想像できます。しかし、ベトナム戦争では、この浄めの儀式が機能せず、帰還兵が社会から非難されました。
祖国に戻った兵士を待っていたのは、積もり積もって山をなすすさまじい軽侮の念だった。帰還兵はののしられたり、身体的な攻撃を受けたり、つばを吐きかけられることさえあった。(p428)
このことがベトナム帰還兵のPTSDの発症に深く関係しているということです。

ベトナム帰還兵に対する社会の対応に対して、著者は自分が軍人であるという立場もあるでしょうが、次のように主張しています。
ベトナム戦争の時代、何百万というアメリカの青年が、強力な抵抗感を覚える行為を実行するよう条件付けられた。この条件付けは、社会によって送り込まれた環境で兵士が任務を果たし、生き残るために必要であった。戦争で勝利を収めるためには、そして国家を存続させるためには、戦場で敵の兵士を殺すことが必要なのかもしれない。(中略)しかし、殺人への抵抗感を克服するよう兵士を訓練し、殺人を犯すべき環境に兵士をおくなら、兵士と社会がこうむる心理的な現象とその影響に、率直に、知的に、道義的に対処する義務を社会は負わねばならない。(p436)


人間は基本的に人殺しができないものであるということ、そして第二部で述べられているように人殺しをしてしまうと強い罪悪感をおぼえてしまうことを考えれば、著者が書かれているように、兵士に対する社会の対応を考えなければならないように思います。浄めの儀式の必要性もわかります。

他の章では、戦闘で殺人が起きる条件や残虐行為の問題、戦闘で殺人をしたあとの心理反応などが書かれています。最後の第八部ではアメリカでの殺人と題して、ベトナム戦争で発砲率を上昇させた訓練と同じことがアメリカ社会でも行われていると警告を発しています。暴力を肯定する映画による脱感作や、ゲームセンターでの人間型の標的に発砲するゲームによる条件付けと防衛機制がベトナム戦争での訓練と同じだというわけです。なるほど。日本でも同様の危険がありますね。銃が手に入りにくいだけです。

著者は暴力に対し否定的です。
現代社会では、暴力の潮流は高まるいっぽうである。これをくい止めなければならない。暴力行為のひとつひとつがさらに大きな暴力を生み、ある一線を越えると魔物を壜に戻すことは二度とできなくなる。戦闘における殺人の研究で明らかになったように、先頭で友や親族が死傷すると、敵を殺すのは容易になり、戦争犯罪も起こしやすくなる。暴力犯罪によって人がひとり殺されたり傷ついたりするたびに、それが友人や家族がさらなる暴力を引き起こす原因になってゆくのである。破壊行為はすべて、他者の自制を蝕んでゆく。暴力行為はすべて、社会の組織を侵食してゆく。(p503)


実際に戦う兵士にとっての戦争を具体的に考えさせてくれる一冊だと思います。戦闘に参加した兵士にとって社会からの正当化が必要という観点から、「戦争と正義―エノラ・ゲイ展論争から トム エンゲルハート、エドワード・T. リネンソール 著 朝日選書」に書かれている問題など、戦後におきる戦争解釈の問題が理解しやすくなると思いました。

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2006/07/01 12:25

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