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zoom RSS 【系統樹思考の世界 すべてはツリーとともに 三中信宏著 講談社現代新書】

<<   作成日時 : 2006/08/09 01:42   >>

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著者の三中氏は租界Rの門前にてというサイトの管理者として、少し前から存じ上げておりました。なかでも、大統計大曼荼羅は統計手法間の関係を図でわかりやすく説明されており、大変勉強になりました。

その三中氏が、「系統樹思考の世界」という新書を出されているのを書店で発見し、どんな本なのだろうかと気になりました。中身をちょっと読んでみますと、生物の分類について、「類似度のみを用いよという表形学派、系統関係のみを用いよという分岐学派、そして系統関係と類似度の情報を併用すべきだという進化分類学派。(p148)」と書かれていました。分岐学派とは、少し前に読んだ 【ドーキンスvs.グールド 適応へのサバイバルゲーム キム・ステルレルニー著 ちくま学芸文庫】
彼ら(分岐分類学者)は、類似性を客観的に測定できるとは考えない。(p126)

われわれが下す類似と相違の判断は、人間の知覚および関心という偏向が反映されたもので、世界の客観的特性とはいえない。人間は視覚的生物である(p126)

仮に知覚力を備えたデンキウナギがいて、われわれと同じ情報を与えられていれば、われわれと同じように生物の系譜図―どれとどれが近縁か―を再構築できるはずである。系統関係は(中略)歴史の客観的事実であるからだ。だが、デンキウナギは、異質性について人間と同じ判断を下すだろうか?(p127-128)
と、グールドの言う異質性に反論した分岐分類学ではないですか。分岐分類学については、もう少し知りたいと思っておりましたので、少し悩みましたが購入いたしました。

書名の系統樹思考とは、「由来関係」「系譜」の体系的理解ということのようです。生物の進化も当然含まれますが、著者は生物ばかりではなく、フォントや言語、民俗、蕎麦屋にも系譜があることを示しています。このような由来関係を扱う学問を歴史研究としてとらえていらっしゃるようです。そういう意味で、進化学も歴史の学問ということになります。

そのような歴史学は科学なのかということが第1章で取り上げられています。当然のことながら、再現可能性等々の問題があり、実験科学と同じ基準は満たしませんが、「歴史学には歴史学なりの「科学の基準」がある(p55)」ということで、「理論の「真偽」を問うのではなく、観察データのもとでどの理論が「よりよい説明」を与えてくれるのかを相互比較する―アブダクション、すなわちデータによる対立理論の相対的ランキングは、幅広い科学の領域(歴史科学も含まれる)における理論選択の経験的基準として用いることが出来そうです。(p65)」と書かれています。

アブダクションについては、第3章で詳しく書かれています。アブダクションという推論形式については人工知能研究で詳しく研究されたということで、ジョセフソン夫妻による推論様式の定式化が紹介されています。とアブダクションによる仮説判定の条件が紹介されています。
推論様式
前提1 データDがある。
前提2 ある仮説HはデータDを説明できる。
前提3 H以外の全ての対立仮説H'はHほどうまくDを説明できない。
結論 したがって、仮説Hを受け入れる。(p178)

注意しないといけないのですが、アブダクションで仮説Hが受け入れられたからといって、論理形式上では仮説Hが論理的に真というわけではありません。「HならばD、D、ゆえにH」は正しい推論形式ではないわけです。

しかしながら、ジョセフソン夫妻はアブダクションによりある仮説がベスト(真実ではありません)と判断される条件を示しているとのことで、それが紹介されています。。
アブダクションによりある仮説がベストであると判定されるための諸条件(1994年の書物からのようです)
(1)仮説Hが対立仮説H'よりも決定的にすぐれていること。
(2)仮説Hそれ自身が十分に妥当であること。
(3)データDが信頼できること。
(4)可能な対立仮説H'の集合を網羅的に比較検討していること。
(5)仮説Hが正しかったときの利得とまちがったときの損失を勘案すること。
(6)そもそも特定の仮説を選び出す必要性があるかどうかを検討すること。(p179)

このように、ジョセフソン夫妻のおっしゃるように細かく条件をつければ、仮説間の優劣を決めるのには用いることは出来るでしょう。特に(5)が大変実用的だと思いました。仮設Hの真偽はアブダクションでは問えないわけですから、万が一間違いが合った場合の損失を考えるということは、日常生活でも大変重要です。大事なものが壊されていたとき、ネコがやったと考えて怒っても、間違えたって大した問題は生じませんが、妻のせいにするのは万が一間違った場合、大変な問題になります。妻のせいだという仮説を受け入れるには、相当の証拠・データがないとできません。

冗談はさておき、アブダクションでは仮説の真偽は保証されませんから、著者も書かれていますが、「アブダクションはその出発点からして仮説の「真偽」に頼るわけにはいきません。それとは別の次元で、データに照らした仮説の「良否」を判定しなければならないということです。(p180)」真偽ではなく、良否

このようにアブダクションを理論選択の基準とするという考えでは、「科学理論はデータを説明する良い仮説の集合であり、仮説が述べていることが真実だったり実在したりするということには言及はできない」という立場に通じる気がします。反実在論といえるでしょうか。

そのような立場なのだろうと読めるような記述があります。
「種は実在する」という言明がいかなる意味で発せられているのかは、注意深く論じる必要があります。それは必ずしも、データに基づく経験的言明として提示されているとはかぎりません。むしろ、分類学者の信念ないし願望がそこにある可能性も否定できないのです。(p259)
生物進化を系統樹として表して、種をどのように定義するか、ということは本書では触れられていないので、「種」というものの実在についてどのように著者がお考えなのかはわからないのですが、この記述を読む限りでは、ある意味では「種」は実在しないと主張されてもおかしくない雰囲気だと、私は思いました。

話が変わるのですが、前にも書きましたが学生時代に生化学講座の助教授(理学部出身)が講義で「進化論なんてお話だ!」と突然話し出したことがあります。生化学(というか当時は既に分子生物学ですが)ではモノで実際に証明して見せるのに進化論はそんなことはしない、という内容の話が続いたように記憶しています。この助教授は、きっと実在論の立場なのだろうと思います。

著者は、この助教授とは「モノ」に対する関心が違っており、「私は、大学院にいた頃から一貫して、生物進化や系統発生に関わる概念的・理論的な問題に関心を向けてきました。具体的な「モノ」に対してより強い関心を向ける生物系研究者の多い日本の学界の中では、その意味で、きわめて少数派に属していることを実感してきました。(p188)」と書かれており、「モノ」よりも概念等に関心があったようです。

「モノ」に対しての関心に差がある助教授と著者を比べると、分子生物学を専門とする学者と進化論を専門とする学者では、科学哲学に対する考えが、特に対象の実在の問題に関しては違いがあるのではないだろうか、と思います。分子生物学者からすると、対象が実在しないものなんて科学の名に値しないというんじゃないだろうか、と勝手に推測しています。

系統樹よりも、科学哲学についていろいろ考えてしまいました。

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三余亭
2006/08/19 07:00
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【系統樹思考の世界】の著者による講談社現代新書の第2弾。前著のエピローグを読み直すと、「進化学や系統樹にとって、「存在」を論じることはきわめて重要だと私は考えています。たとえば、「種」が実在すると言い切っていいのかどうかという問題は、まさに形而上学の問題です。本書ではほとんど触れることができなかったこの「種問題(the species problem)」は、それが生物学の問題であることを超越して、形而上学の問題だったからこそ、いまだに解決していないわけです。(系統樹思考の世界 p258)」... ...続きを見る
三余亭
2009/10/28 05:38

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