三余亭

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zoom RSS 【日経サイエンス2007年3月号 塩谷喜雄 いまどき科学世評 大震法の非科学】

<<   作成日時 : 2007/02/15 19:55   >>

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私は全く地震関連の科学や地震対策の方法には詳しくないので、日経サイエンス2007年3月号の”いまどき科学世評”に書かれていることを、そのまま信用するのですが、大規模地震対策特別措置法(大震法)が科学的根拠に全く基づいていないことが批判されています。抜粋しますと、
事大主義とご都合主義が支配する学会は、科学的に事実を直視して検証することなく、地震予知という幻想を社会にまき散らした。まるで、安定した研究予算と引き換えにするように、行政権力に自らの権威を委ね、その傘下に下ったように見える。(中略)
時間と場所と規模を特定して、発生の2〜3日前に察知するのを直前予知というが、そんな離れ業が可能な科学的根拠は、当時(注:大規模地震対策特別措置法(大震法)が成立した30年前)は皆無だった。(中略)
今、直前予知を語ると、サイエンスではなく、おまじないや占いの類とみなされるのが、世界の地球科学者の常識だ。
日本の測地審議会も、直前予知は困難という結論を示している。それなのに、学者が集まる判定会議で直前予知をして、それを受けて内閣総理大臣が警戒宣言を発し、行政の命令で非難や工場の操業停止が粛々と行われる、などという安手のテレビドラマみたいな筋書きの大震法が未だに東海地震対策の柱なのだ。(強調は三余亭)(中略)
最近の研究で「プレスリップ」とやらがようやく補足できるかもしれないというのなら、30年前には予知に何の科学的根拠もなかったことを自ら告白しているようなものではないか。(中略)
大震法が、科学的根拠が乏しいまま依然として存在しているのは、それが「有事立法」の先達だからではないだろうか。震災を理由に公然と有事対応のテストをする。そんな権力機関の思惑にまんまとはまったのが、研究費の確保と研究システムの充実に血眼だった地震学界だったのかもしれない。
科学や研究をすぐに役に立つ打ち出の小づちのごとく扱う日本の社会。その悪しき風潮の象徴が、大震法にまつわる学界と行政の絡み合いだろう。(以下略)
手厳しい批判ですね。個人的には、予知もできないのに法律で決まっているから判定会議をするというのは時間と金の無駄、と思います。

「あるある大辞典U」の納豆捏造での学者とテレビ番組制作会社・テレビ局との関係も、批判されている地震学界と行政の関係と似ているように見えます。「あるある」に出演した学者にとってはテレビ番組に出つづけることがなんらかの利益になり、製作サイドにとっては学者が出演することで自らの根拠の乏しい主張を正当化して番組を作製し、スポンサーから広告料を得ることができるわけです。製作サイドにとって、出演してくれた学者は、まさしく打ち出の小づちだったのでしょう。こうみると、「あるある」も「大震法」も、構造は似ていて、塩谷氏の言われるように”科学や研究をすぐに役に立つ打ち出の小づちのごとく扱う日本の社会”が生み出した問題のように思えてきます。

「あるある」での捏造は悪いということが一般の人にもわかりやすい事例ですが、大震法は科学的根拠に乏しいことの悪さが見えにくい問題ではあると思います。ですが、役に立ちもしないことの準備に金をかけて、それを地震対策の柱にする、というのは金の無駄以上に、本当に被害を少なくする対策への予算を削っている可能性があるという点で問題だろうと思います。例えて言えば、嫌いな納豆を買った金が無駄だった、好きなふりかけを買えばよかった、ということです。

科学的根拠が乏しい時点でも、例えば、水俣病では有機水銀規制は早めに行ったほうがよかったという事例もありますので、なんにでも確固たる科学的根拠が必要だと主張するのは難しいと思います。しかし、科学にできることできないことがあるわけで、地震予知など無理なことを前提にした対策は止めたほうがよい、と思います。

日本の社会が、塩谷氏が言われるように、”科学や研究をすぐに役に立つ打ち出の小づちのごとく扱う”体質から変化しなければ、他の分野でも同じようなことはいくらでも起こるのだろうと思います。一般人からは科学のように見えるが(不勉強な私にとって地震予知は科学でした)、根拠がない、問題がある方法論に基づいている、等々の主張により権威付けされた、商品・広告・法律などなど。これらの物事にどう対応したらよいものでしょうか。やはり自分の批判的思考しかないのでしょう。簡単なことではありませんが、地獄のハイウェイさんが書かれているように、実験のデザインに注目するというのは一つの良い方法だと思いました。これなら、専門外の分野でも主張の根拠について考えることができると思います。

なお、パオロ・マッツァリーノ氏が第15回日本列島プチ改造論(4回前のバックナンバーは読めなくなるようです)で書かれているのですが、
古来、あまたの科学者たちが、正しい科学的思考を広めればエセ科学はなくなると信じ、啓蒙に努めてきました。にもかかわらず、いまだ、エセ科学がなくならないところを見ますと、どうも私には、学者先生たちのほうが、方法論を間違えているのではないかと思えてなりません。生真面目な科学者や評論家のみなさんは、エセ科学などの現象に、理詰めで真っ向から立ち向かい、否定しようと躍起になります。(中略)
その手の記事に共通する欠点は、マジメすぎてつまらないことです。マジメで何が悪い? 悪くはないけどダメなんです。エセ科学などに傾倒する大衆は、もともと論理の正しさなど求めていないんですから、マジメな反論に耳を貸すはずもありません。(中略)
そこで私がオススメするのが、ノリツッコミです。ボケをあえてすぐに否定せず、いったんのっかっといて、自分もひとときのボケ気分を愉しんでから落として場を盛り上げるという、非常に高度なお笑いの技法、それが、ノリツッコミ。(以下略)
といった方法もあるようです。どこまで有効かわかりませんが、人に話を聞いてもらう技術として、ノリツッコミもありなのかもしれません。

空飛ぶスパゲッティーみたいなやり方で、根拠に乏しい主張を批判できれば良いんでしょうけど、高等技術ですね。大震法もこんなやり方で批判できるのでしょうか。私の専門分野でも、私にはこんなことは無理なんですが。

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【つっこみ力 パオロ・マッツァリーノ著 ちくま新書】
新書カバーの著者紹介によれば、「日本文化に造詣の深い、自称イタリア生まれの30代」の著者による「つっこみ力」を提案する新書。反社会学講座でおなじみの著者です。(前に少し著者のことを触れましたね。そのときはノリツッコミでした。) ...続きを見る
三余亭
2007/06/19 18:48

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
文法的に悪文です。
>私は全く地震関連の科学や地震対策の方法には詳しくないので、日経サイエンス2007年3月号の”いまどき科学世評”に書かれていることを、そのまま信用するのですが、大規模地震対策特別措置法(大震法)が科学的根拠に全く基づいていないことが批判されています。

1.ワンセンテンスが長すぎる。
2.主語「私は」に始まり「批判されています。」
に終わっている。

などなど。
エクトン
2007/04/15 20:45
個人的には、予知もできないのに法律で決まっているから判定会議をするというのは時間と金の無駄、と思います。
「個人の思い」に決まっている。決まっていることをわざわざ書くな。
エクトンeuzen_ok@yahoo.c...
2007/04/15 20:48
接続詞で単文がつながっている。第1の主語=私、述語=詳しくない、接続詞=ので(順接)、第2の主語=(私、明示せず)、第2の述語=信用する、次の接続詞=が(逆接)、第3の主語=大震法、第3の述語=批判されています。
ワンセンテンスが長いのはその通りで、確かに読みにくかった。

時間と金の無駄と言っているのは塩谷氏ではなく、そのことを明示。わざわざ「個人的」と書くことで暗示しているのは、公的には無駄と判断していないこと。

ニュアンスが伝わりにくかったかな。

地震関係は本当に詳しくないので、自信のない展開なのだが、科学と社会の関わりについて考えてみたかったのだ。科学らしいものに騙されない社会というものを考えてみたかったのだ。そしてそれを批判する方法も。
三余亭
2007/04/23 01:43

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