三余亭

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zoom RSS 病気腎移植をどう考えるか

<<   作成日時 : 2007/04/06 16:52   >>

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病気腎移植:患者団体が否定声明 ドナーの権利尊重に、不確かな情報をもとに、判断をくだすのは、...さんよりコメントを頂きました。病理医である堤教授のお手紙もコメントに記入して頂きました。

また、 万波誠医師を支援しますというブログを紹介していただき、宇和島徳洲会病院での調査委員会の議事録も読ませて頂きました。このブログを書かれている方からのコメントなのかどうなのかわからないのでTBしませんでしたが。

それを読みますと、ドナーとなった人も、それなりの事情があるようです。

病気腎移植に関する、今までの私の主張は 「病気腎移植認めよ」という意見に反論するに詳しく書いてあります。引用しますと、
私は病気腎移植が絶対だめという立場でもなく、場合によってはありだろうと思うのは前にも書いたとおりです。同じことを書きますが、

藤田保健衛生大学病院でのように腎血管性高血圧でも再発するのがいやだと腎臓戻すことが拒否されたなら、腎臓を摘出しても良いと思いますその患者さんの気持ちの問題であって、受け入れられないということであるなら、仕方の無いことだと思います。(数%でも再発の危険があるなら腎細胞癌の腎臓は戻さないでとってくれという患者さんの気持ちはよくわかります。)

その場合、藤田保健衛生大学病院のように公的ネットワークを利用し、倫理委員会で了承されていれば、その腎臓を移植に用いることは問題の無いことだと思います。というか、積極的に勧めるべきで、その意味では万波医師の言う第3の道でしょう。

再発する可能性が少しでもあるなら、腎臓を取ってくれという患者さんは当然いるでしょうし、そのような腎臓でも良いという方もいるでしょう。また、同じエントリーで書きましたが、

自然経過でもある程度は腎細胞癌となるわけですから、癌の腎臓を移植しても、自然経過とあまり変わらない発生率なら良い、医療として受け入れられると、とりあえず考えてみるわけです。


という考え方もありだと思います。

とはいえ、万波医師の行った移植に違和感を感じており、それは、前にも書きましたが、和田移植との類似性です。つまり、和田移植のようにドナーもレシピエントも同じ医師が治療しているという点です。

和田移植は、かなり悪い印象が私は持っています。レシピエントとなる患者の利益のために、ドナーとなった患者に対していい加減な医療をして不利益を与えた可能性があるということが、私としては医の倫理に非常に反すると思います。ドナーとなった患者のためにきちんと医療をした結果、力及ばず脳死となった場合の移植は医療として成立すると思いますが、レシピエントのためにきちんとした医療を行ったということに疑問がもたれないためには、ドナーとレシピエントの担当医療チームは別であるべきです。


また、古くなりますが、 患者が感謝しているからといって病気の腎臓を移植することを正当化することはできない。では、
医師は、まず目の前の患者のために最善になることをするべきだ、と私は思います。「この患者の腎臓があの患者に使えるから無理すれば体内に戻せるけど、戻さないであの患者に移植しようか」というような、目の前の患者に最善の医療を提供しない動機があるような医師は主治医になるべきではありません。それが結果的に多くの人を救うことになったとしても、それは目の前の患者に対する裏切りです。ドナーとなる患者さんに最善の医療が受けられることを保証する必要があると思います。移植のために腎臓を片方取られたということがないようにする必要があります。そして医師は患者の安全を考えるべきだ、と思います。癌の腎臓を移植して、その患者に癌も移植したらどうするつもりだったのか。
と書きました。これは、今も変わっていません。

今回はドナーに対する治療が適切であったかどうかは見解が分かれるでしょうから、それは適切であったとしても不適切であったとしても導かれる結論は、疑念をもたれないためにはドナーとレシピエントの治療は別チームが行うべきである、ということになります。その点で今回の万波移植は不適切でした。結果的にドナーも特にひどいことをされたと思っていらっしゃらないというのは、幸いでした。その点では万波医師はこの困難なバランスをうまくとって医療をされていたのだと思います。

そもそも提供される腎臓が少ないのが問題であり、このような病気腎移植を認めろというよりも、脳死からの移植を増やす、あるいは死後の提供の義務化を法律化する、ということに力を注いだほうが、腎不全患者のためになります。是非、死後の臓器提供の義務化の法制化に力を使ってください。

ま、心のどこかには 腎臓を片方取っても大丈夫か、他。の最後に書いたように、
緊急避難的にちょっと標準からはずれた治療をすることを否定しません。従来の治療がうまくいかないので、ちょっと変わった方法を行うということはあると思います。それがうまくいった場合、それを少し続けてみることも否定しません。その点では、癌を除く病気の腎臓を移植したことを、事情を知らないで非難はできないかと思っています。(癌の腎臓を移植することは非難したいと思います。)
でも、そのような常識はずれな治療に有効性が主張されるようにあるのなら、皆が納得できる事情がある患者に限定し、比較的少数で行ったうちに学会発表していれば良かったのではないか、とも思います。いろいろな意見がでたでしょうが、癌以外の疾患で患者が腎臓を戻すことを希望しない場合は移植しても良いと、現在の状況では主張しにくいことも、成立していたかもしれません。
臓器売買が起きたのもイメージを悪くして先入観を持たれ、そこでこの報道ですから、現在は疾患腎の移植を主張しにくくなってしまいました。
という気持ちもあるのです。

なお、堤教授の手紙を一番最後に写します。これはこれで、医療水準の問題(良い治療ができたとしてそれが普及するまでの間の医療をどう考えるのか)でいろいろ面白い話になりそうです。 【医療過誤・医療事故の予防と対策 病・医院の法的リスクマネジメント 森山満著 中央経済社】書いたものを引用しますと、
医療水準については、平成7年6月9日の未熟児網膜症に関する最高裁判決で判断が出されたそうです。従来は、「裁判所は医療水準を「臨床医学」の実践における(普及定着した)医療水準」として捉え、もっぱらこの言葉を医療機関の責任を否定する根拠として使用する傾向にあった。(p20)」そうですが、平成 7年6月9日の判決で、「知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関に相当程度普及しており、当該医療機関において右知見を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、右知見は右医療機関にとっての医療水準であるというべきである。(p20-21)」として、「医療水準をむしろ積極的に医療機関の責任を基礎付ける方向で用いる考え方を示した(p21)」そうです。

わかりにくいですが、「知見」とは、その時点で「専門的研究者の間で有効性・安全性が是認された情報(多少の異論は構わないそうです)」で、当該医療機関が「その治療法に関する知見を有していなくても責任を問われる(p21)」のだそうです。その医療機関で新しい治療法を実施できない場合は「「転医義務」が生じる(p21)」。知見の普及については、その最高裁判決で、「医学雑誌への論文の登載、学会や研究会での発表、一般のマスコミによる報道等によってなされ、また、当該疾病を専門分野とする医師に伝達され、次第に関連分野を専門とする医師に伝達されるものであって、その伝達に要する時間は比較的短い(p21)」とされています。医師は最新の知識を入手することを要求されているわけです。
私が主張するわけではなく、裁判所、ひいては社会が要求していることです。

さて、以下、堤教授の手紙です。医療水準はどうあるべきか、という観点から読むと、実態がどうであっても、その時点で「専門的研究者の間で有効性・安全性が是認された情報(多少の異論は構わないそうです)」で、当該医療機関が「その治療法に関する知見を有していなくても責任を問われる(p21)」ということですから、現在腎臓全摘しかしない施設が大部分だからといって、それでよいということにならない気もします。

「今回、宇和島徳洲会病院の外部評価委員を仰せつかって、たいへん学ぶところが多く、XXXXX先生には本当に感謝しております。

専門委員会の見解として、腎癌、腎動脈瘤や尿管狭窄に対する腎全摘は「適応なし」という見解を出すなら、私の名前ははずしてほしいと、先ほどメールしました。

以下のようなメールを何人かの病理医に送り、現在、7病院のデータを集めました。まだ少ないですが、傾向ははっきりしています。つまり、部分切除をするかどうかは、泌尿器科医の考え方にかかっており、まだ、多くは従来通り、RCCなら全摘が多いという事実です。

尿管狭窄や腎動脈瘤についても、委員会のrecommendationになりそうな「自家移植」はあまり行われていない可能性がありますね。

とりあえず、事実に基づいた判断をしたいのが私の本音なのです。

基本的には、最近3年間の腎腫瘍手術で、RCCとangiomyolipomaを対象としましたが、もっと広い範囲のデータをいただける先生もいます。 RCCは4 cm未満と4 cm以上に分けて、部分切除の割合を調べてもらいました。良性病変で腎全摘されている症例もできれば知りたいと思ってます。

病理医から、客観的なデータを提出するのは重要と思います。現在のデータはすでに、委員会と徳洲会に送りました。
あす、委員会の最終記者会見ですので、急いだわけです。

というわけで、先日私が送ったメールを貼りつけます。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
XXXXXXXです。こんばんは。

実は、お願いがあります。可能なら、あるいは可能な範囲でご協力ください。長文です。覚悟してお読みください。

ご存じかも知れませんが、私はこのところ宇和島徳洲会病院における病腎移植の外部評価委員をしてきました。新聞報道の通り、専門委員会では、厳しい結論をだしましたし、そのことの必然性を否定するつもりはありません。でも、他の先生方が、皆さん移植の専門家なので、立場上、言いたいことを十分いえず、ダメと言わざるをえないといった側面があることは十分理解しております。ただ一人、私だけが自由な立場でものがいえるのです。

専門委員会では、おもにドナーに対する腎全摘術の適応が検討されました。対象となった11例全例が適切とはいえないというのが、一応の見解です。ただし、適切なICがあれば、全摘でもいい症例があることも付記されています。ネフローゼ症候群だけはNoなのですが−−。

病腎移植の対象は、ネフローゼ症候群、尿管狭窄、腎動脈瘤、腎良性腫瘍(血管筋脂肪腫)、尿管癌、そして腎細胞癌がおもなものです。
術後の生着率や生存率は予想以上に高く、新しい医療として十分な価値があると思っております。その意味で、難波理論を応援しております。

お願いは、腎細胞癌(および、可能なら血管筋脂肪腫)で、腎全摘されている症例の割合を知りたいのです。泌尿器科学会委員のコメントは、原則として 4 cm以下の被膜下RCCは部分切除をまず考慮すべきである、なのです。私はこのコメントに納得しておりません。なぜなら、腎部分切除術がどの程度普及しているのか、疑問に思っているからです。

先生方の病院で、最近3年間に行われたRCCに対する外科治療例の中で、部分切除の割合をお教え願えれば幸いです。可能なら、大きさ4 cm以下の腫瘍の割合も調べていただけませんか?血管筋脂肪腫はいかがでしょうか?部分切除例がありますか?

ちなみに、私が関与している横浜の市中病院では、最近3年間のRCCは20例、4 cm以下は10例で、部分切除は1例のみでした。10例は副腎切除も行われていました。血管筋脂肪腫の2例はいずれも全摘でした。ただし、大きさは10 cmを超えていたようです。

XXXXXX大学病院では、最近3年間のRCCは75例。うち部分切除は2例のみのようです。

RCCに対する腎部分切除術がどれほど普及しているのかを知りたいと思っています。委員の一人としてなんとも納得がいかないものですから−−。

ご面倒ですが、もしよろしければご協力ください。勝手に、私が頼みやすいと感じる先生方にメールしています。もちろん、無視されても結構です。

長くなりますが、私の基本的立場を説明します。徳洲会病院のカルテをみさせていただき、万波医師の考え方、診療態度を身近にみさせていただいた上での意見です。報道されている姿、たぶん皆さんがもっているイメージとはずいぶん違うと思います。

1.病腎移植は多くが2度目、場合によっては4度目の移植例であること。多くは家族からの移植を受け、透析フリーの生活をしばらく味わった人たちであること。これら患者には、病腎移植以外の方法ではまず、ドナーが得られないであろうこと。

2.初の移植が病腎だった患者さんには、しっかりした理由があること。シャントがすべてつまり、透析できる血管が確保しがたい人や、漁師や弁護士としてどうしても仕事がしたい人などです。

3.病腎移植の結果が、死体腎移植よりもややいい程度の成績を残していること。

4.レシピエントの年齢が40代、50代が中心であり、通常の腎移植に比してずいぶんと高いこと。それにしてはなかなかの成績です。

5.ICは書面こそないが、すべての患者さんが納得してだれも文句を言おうとしないこと。透析生活のつらさに耐えられず、つよく移植を望んでいたこと。弁護士による聞取り調査で明確になっています。

6.ドナーになった人が病腎移植のレシピエントになっていたり、二度の病腎移植を受けた人があること。

7.宇和島の多くの患者さんが貧乏で、たとえば、愛媛大病院への転院ができる経済状態ではないこと。

8.ネフローゼについては、腎臓内科医がいないため、最新の治療をするノウハウのない田舎であること。対象となったネフローゼの患者はステロイドパルス療法が効かず、高度の肺水腫をきたしたり、体重が20 kg増えたりしたようで、ほっておいたら死んでしまうと彼は臨床的に判断したようです。古い教科書には、ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群には腎摘が治療法の1つに書かれていたようです。

9.ドナー腎の提供には、瀬戸内グループの協力があったこと。

ろくな検査なしに、ICの書面も取らずに、つぎつぎと移植を行った点に批判が集まっていますが、よく考えてみると、普通の医者ならそんな医療はできません。

1.多数例の経験があり、プロ中のプロだったこと。

2.患者さんからの絶大なる信頼があったこと。

3.病院関係者からも一目置かれ、彼の医療業績を高く評価していたこと。

4.何よりも、名誉欲や功名心などこれっぽっちもなく、新しい医療の開拓者だという気鋭もなかったこと。ただ、目の前の患者さんに何が一番いいのかだけをみていたとしかいいようがない、そんな赤ひげ先生そのものであること。入院費の支払えない患者さんのために立て替えてあげるのが頻繁だったようです。

5.つまり、論文を書こうという、科学的な目も全くなかったわけです。昔ながらのパターナリズムの塊のような人で、だれよりもよく患者さんをみていたようです。彼を信じれば一番いいと、皆が思っていたから、瀬戸内グループの医師たちを含め、だれも何も言わ(え)なかった−−。

6.患者さんのために(でしょう)、費用のかかる”余分な”検査はしなかったこと(それだけ、自信があったのでしょう)。たとえば、感染例で尿の培養をしない、癌例で細胞診検査をださないなどです。

患者さんのため、だけを思い、名誉欲などみじんもない、そんな医者をいじめてどうするの!が私の正直な気持ちです。

病理医としては、あまりの病理無視にあきれましたし、とても残念です。病理診断の確認をした形跡はありません。もちろん病理医はいませんので、術中迅速診断は不可能です。

病腎を利用できれば、年間2000例程度の腎移植が可能となるそうです。現在の死体腎移植は年間100例程度。平均待ち時間は16年だそうです。ちなみに、透析患者の5年生存率は30%程度のようです。

基準を甘くしろとは言いません。でも、患者さんたちの声にもっと耳を傾けるべきではないでしょうか。患者さんたちが決起集会をしましたよね。ただし、多くがレシピエントで、ドナーではないかも知れません。

腎摘の適用基準が問題ですし、現実に行われている医療の実態を知る必要があります。

だから、みなさんに無理を承知で、お願いしているのです。

可能なら、ぜひご協力くださいませ。
長々したメールで、本当に失礼しました。
よろしくお願いします。」

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病気腎移植が臨床試験となるようで。
しばらく臓器移植について考えていなかったのに、いろいろと重なるものです。読売新聞からです。病気腎移植の再開を検討、徳洲会グループ…臨床研究として ...続きを見る
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2009/02/11 11:20

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