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zoom RSS 【「尊厳死」に尊厳はあるか −ある呼吸器外し事件から 中島みち 岩波新書】

<<   作成日時 : 2007/09/27 01:57   >>

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射水市民病院の呼吸器外しについては以前から外科医擁護の立場と、法制化は好ましくはないのではないかという立場でいろいろと書いてきました。富山・射水市民病院で外科医が末期患者の呼吸器を外した件は安楽死ではなく治療行為の中止とか、 富山・射水市民病院での呼吸器外しで、専門性と責任の問題。とか、 富山・射水市民病院での呼吸器外し  一律な方針はいかがなものかとか、 富山・射水市民病院の呼吸器外しでの大前提と「集中治療医、9割が延命控えた経験」とか。こちらの下の方の記事で取り扱ってます。

その射水市民病院での呼吸器外しに関連した新書がでました。今までの私の考えを改めなくてはいけない情報もいろいろと書かれており、大変興味深く読ませていただきました。著者は外科部長に直接取材し、射水市民病院院長とも会い、その他関係者からも情報を集めて、本書を完成させました。大変な労作です。

呼吸器を外したとされる7人の患者の経過が書かれています。80代前半の認知症で入院中に心肺停止で発見された女性、胃癌が再発した80代前半男性、胃癌骨転移でDICを起こした50代前半女性、90代の肺炎の男性、糖尿病がある早期胃がん患者60代男性(術後11日で死亡、外科部長は関与を否定した患者)、穿孔性腹膜炎の80代前半女性、進行膵臓癌の70代後半男性の7名。書かれているよりも詳しい情報を知りたい患者さんもいらっしゃるのですが(例えば、糖尿病のある早期胃がん患者での血糖コントロールの状態とか、ケトアシドーシスになっていなかったかとか)、報道よりも細かい情報が得られました。

これを読みまして、「呼吸器装着の適応の判断に問題がないわけではない」と考えを改めたいと思います。90代の肺炎男性ですが、家族は人工呼吸器を希望していなかったそうです。本人も肺炎の治療のために入院した後食事ができなくなって、「治療も食事もいらない」と看護師に話していたそうです。という方に呼吸器をつけてしまった。これは呼吸器の必要がなかった、と思います。問題のない医療とは言いきれない、と思います。

著者が脳死問題にも関心があるので、脳死という言葉に敏感ですが、外科部長は脳死という言葉の使い方があいまいなようでした。80代前半の認知症女性の場合、自発呼吸がある時点で脳死と家族に説明していたようで、これは問題だと思います。進行膵癌の70代後半男性も脳死になっていないのに脳死と説明したようです。これもやっぱり問題でしょう。

あとは、ちょっと微妙ですね。脳死じゃなくても呼吸器を外していい状況があるかもしれない、と考えると、ちょっと著者の判断にはすぐに賛成しかねる、というかもう少し状況を知りたいというか、患者さんを知らないとわからんというか・・・・。はずすタイミングが遅いのではないか、という患者さんは居ます。90代の肺炎男性の例ですが、「全身浮腫で膨れ上がり、黄色に染まった肌に壊死の部分もみられる中で、吸痰に苦痛の表情を表わしながら、患者は8日間を生きなければなりませんでした。(p43)。」

詳しくは本書を読んでいただきたいのですが、外科部長が手術適応のない患者に無理な手術をするなど、少々問題があったようです。こういうふうに書かれると呼吸器外しもやはり・・・という感じになってしまうので、予断を持たずに判断できるといいのですが。

また、外科部長はパターナリスティックであったようです。外科部長の言葉が紹介されています。
医者は患者から命を託されている。問題は、患者の自己決定権と医師の裁量権との間のどこでバランスを取るかということなんです。○○(外科部長の名前)は、患者さんに1%でも治る可能性があれば手術に挑戦させてあげたいんです。でも、患者さんにその病状をそのまま話せば生きる元気をなくしてしまうし、そんな手術の内容など説明すれば、手術を受けないで逃げてしまって、結局は亡くなる。○○は、治してあげたいんです。可能性があるかぎり、諦めたくないんです。(p73)
なるほど、いい先生のように思えますが、個人的には治る可能性が1%しかないなら(ということは100人中99人が亡くなるなら)、そんな治療は受けないで良いQOLを保つ時間を長くしたいと思います。ちょっと独りよがりな印象です。こういうところは問題がないわけではない、と思います。

本書を読む限りでは、±2SDより外側の医師なのかもしれません。ま、そのことと呼吸器外しの正当性とは、分けて考えたいと思うのですけど。

外科部長と著者の間での信頼関係が崩れてしまう過程が細かに書かれています。外科部長の性格なのか、弁護士と相談した戦略なのか、よくわかりませんが。

循環器が専門の院長の言葉も紹介されています。引用します。「呼吸器を外すことがいかに残酷な行為であるか。人間息ができないことほど苦しい状況はない。水におぼれる状態を想像してほしい。せめて心臓が動いている間くらいは酸素を送ってあげよう。(p119)」
もっとものようですが、呼吸器を付け続けることが残酷な行為となる場合もあります。先に書いた呼吸器を外された90代の肺炎男性の例ですが、「全身浮腫で膨れ上がり、黄色に染まった肌に壊死の部分もみられる中で、吸痰に苦痛の表情を表わしながら、患者は8日間を生きなければなりませんでした。(p43)。」

循環器と癌では終末期に至る過程が違いますから、単純な話ではありません。著者もおっしゃるように、「呼吸器を外された患者への彼(院長)の思いは、彼が培ってきた学問と臨床経験の賜物でもあるのだろうと心から納得し、医師の人間性や価値観に加えて、医師それぞれの専門分野によって、呼吸器外しに対する感じ方には、かなりの温度差があるのも当然かもしれず、これは、この問題に対処する上で心にとめておくべきことかと思いました。(p119)」そうなんだろうと思います。

尊厳死の法制化についても著者は述べられていますが、時期尚早というお考えのようです。これは第U章で詳しく書かれています。医療関係者の免責が強調されていることに対しては耳の痛い意見が書かれておりますが、とんでもない医療を排除するためには何もかも免責とするわけにはいかないと私も思います。

あとがきにいいまとめがあります。
問題は、あまりにも行き過ぎた過剰な延命措置や、しんでいく本人よりも周りの都合で決める延命中止でありましょう。私は、現在では延命措置の不開始、差し控えは、全国的に医療現場にかなり定着してきており、さらに一度は救命のために呼吸器を装着した場合でも、生きられる可能性がなくなったときには、延命治療のための薬剤の差し控えなども含め、真の尊厳死といえるものは、医療の質の高い現場では、静かに実現されているという感触を抱いています。(p192)
そうなんだろうと思います。

外科部長はちょっと無理な医療を行うようですし、一部の呼吸器外しもイメージしていた(あとがきにあるような)静かに実現された尊厳死というのともちょいと違うようです。全面的に支持、とは言いにくいかな、と思います。

尊厳死の問題を考えるうえで、よい一冊になるのではないでしょうか。時事ネタですから、賞味期限があると思いますが。

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