三余亭

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zoom RSS 歴史と科学的実在論

<<   作成日時 : 2007/12/13 18:31   >>

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せいすいえいこさんからコメントを前の記事にいただきまして、ありがとうございます。
「史料」自体が贋作かどうかという真偽の問題は、本来は人間の主観には関係ないことです。
また、事実としてあったかなかったかも、本来は人間の主観には関係ないことです。


とのことで、これは科学的実在論と似たような立場とお見受けしました。

薬の分子は人間には見えませんが、薬で症状は改善します。そんな経験を重ねると、観察できない対象であっても実在するのだ、と考えるようになりますし、それで日常生活に何ら不都合はありません。ですから、日常生活では実在論の立場で生活して、何ら問題ないと考えています。

しかし、Wikipediaにあるように
実在論に反対する有力な議論の一つは悲観主義的帰納(en:pessimistic induction) と呼ばれる立場である。この立場によれば、科学史を見てみれば、かつて経験的に正しいとみなされていた理論でも、今となっては誤りだと考えられているものは数多い。その上、科学史から明らかなように、経験的に正しいとされている理論でも、知覚不可能な要素については本当には実在しないと考えられている場合が多いのである。


科学哲学の冒険
でも触れられていましたけど、ゴリゴリの実在論は実は擁護は難しいらしい。

これは科学理論の中に出てくる対象についての話ですから、歴史上のできごととは何ら関係の無い話です。しかし、議論の類似点は指摘できると思います。(論文じゃないのでアナロジーで許してください。)

無理矢理ですけど、
歴史上の事実→科学的実在
史料→実験・観察データ
歴史解釈・意義付け→科学理論の構成
このように対応させれば科学哲学と同じような枠組の議論が成立するかも。

と思っていたら、Wikipediaに歴史哲学の項目がありました。引用しますと、

自然科学の影響を受けて、19世紀においては歴史学は事実のみに基づいて構築されるべきものとされた。しかし20世紀哲学が客観性の虚構性を明らかにしてからは、歴史には主観しかない、とする意見も生まれることになった。

そのように考えると、最終的には個人個人が勝手に自分の歴史「物語」を紡いでしまい、コミュニケーションが成り立たない状態に陥ってしまう。また合理的に考えると実際に起きた出来事まで「所詮は主観だから」と勝手に修正してしまえば、歴史修正主義という独我論に陥ってしまう。

そのため、現在の歴史学では限定的な客観性(間主観性)が保たれるものとして研究を進めることが一般的である。その客観性とは合理性に基づくものである。例えば徳川家康が存在したと我々が決めることができるのは、様々な文献や遺物・遺跡から、家康という人物が存在したと仮定するほうが、しないよりも合理的にこれらの証拠を辻褄つけられるからである。(強調は三余亭)


反実在論(構成的経験論)
と似ている気がするのだけれども。
ファン・フラーセンの言う「構成的経験論」とは、科学の目的は「経験的に十全」(empirically adequate)な科学理論を作ることであり、科学理論が受容される際にはそれが「真」であるという信念をまったく必要としないとするものである。すなわち、その理論が措定する実体が客観的に実在すると考えるか否かは理論の受容に関係しない。科学理論の受容に含まれるのは、その理論が経験的に十全であるという信念、すなわち観察された現象をもとにして科学者が構築した「データ・モデル」(data-model)にその科学理論が提案するモデルの一つが合致するという信念だけである。


もっとも、Wikipediaの科学的実在論にあるように
ちなみに、どんな突飛な存在論的主張をしている哲学者であっても、日常生活を送る上では、素朴実在論に基づいた行動を取っており、例えば車にひかれそうになったなら、「本当に車は私に向かってきているのか?」などと問うこともなく、急いで逃げだす、などがその例である。

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【哲学塾 歴史を哲学する 野家啓一著 岩波書店】
以前に、せいすいえいこさんからコメントをいただき、いろいろと考えさせられることがありました。 せいすいえいこさんからコメントをいただいた記事など、以下をご参照ください。 http://cuttlefish.at.webry.info/200507/article_3.html http://cuttlefish.at.webry.info/200712/article_2.html http://cuttlefish.at.webry.info/200712/article_3.h... ...続きを見る
三余亭
2008/06/12 01:09

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
 自然科学とは何か?
 自然科学とは何を根拠に成り立っているのかを知らない人たちが、日常生活では素朴実在論に則って行動しながら、素朴実在論を否定するという馬鹿なことをしているのです。
 http://blog.goo.ne.jp/i-will-get-you/
 いわゆる神の存在証明がもたらす意味について
 創造主である神の存在証明をして、神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みについて説明し、人類史のリセットと再構築を試みる。
    一般法則論者
一般法則論者
2007/12/15 03:24
おそらく、ここよりも、
http://transact.seesaa.net/
での議論が適切かと。
三余亭
2007/12/15 09:50

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