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zoom RSS 【学力を育てる 志水宏吉著 岩波新書 2005年】

<<   作成日時 : 2008/03/15 07:07   >>

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1歳9ヶ月の子供の子育ての最中です。今すぐに関係があるわけではないのですが、昨今の教育に関する話題は気になります。特に学力低下がマスメディアで話題になってからは、これが気になる話題の一つです。で、欲張りすぎるニッポンの教育とか、子供にいちばん教えたいこととか、気になって読んでみたわけです。

そんな関心があるもので、書店で「学力を育てる」を見つけて、題名が気になって読んでみたわけです。

著者のご専門は、学校臨床学、教育社会学とのこと。著者らが行った調査をもとに、学力を維持する方法について書かれている本です。

著者らが調査を行おうと思った理由は、
そもそも私たちが調査をしようと思い立ったのは、当時の学力低下論争にかかわっていた多くの論者やマスコミが、確たるデータや根拠もなしに、自らの限定された経験や主観的な思い込みのみにもとづいて、自分勝手な議論を展開しているように思われたことだった。私たちは、教育社会学者である。私たちのアイデンティティの基礎は、「データにもとづいてモノを言う」ことにある。(中略)
そこで私たちは、自前の調査をすることを思い立った。議論を組み立てる際の基礎となる、たしかなデータを得たいと考えたのである。(p53)

自分たちがある程度関係のある事項に関しては、限定された経験や主観的な思い込みというのがどうしても入ってきてしまいますが、やはりデータに基づいた議論が大切だと思います。EBMの例を出すまでもなく。

というわけで、著者らは2000年度から3年間、関東と関西で学力調査を行ったそうです。詳しいことは「学力の社会学 岩波書店 2004年」にまとめられているそうです。

調査の結果、「基礎学力は、確実に低下している(p56)」し、「その低下は、家庭生活の変化、特に家庭学習離れと関連している(p58)」ことが明らかとなりました。細かく見ると、「「できる子」と「できない子」への分極傾向が見られる(p61)」「その2極分化は、家庭環境と密接に結びついている(p63)」ことが解説されています。もう一つ明らかになったことは「しかしながら、そうした低下や二極分化を克服している学校がある(p67)」ということ。

基礎学力が低下していることは明らかになったものの、国際学力比較での順位の低下は少し意味合いが違うようでして、「国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2003)」の結果の著者の見立ては
「見かけ上の低下」は、実はテストに参加する国の増加に部分的には起因しているとみてよい。(p72)

したがって、結論的に言うなら、日本の子供たちの算数・数学や理科の基礎学力の水準低下は、少なくとも国際比較という観点からみた場合、目くじらを立てるほどのものではないということになる。(p73)
そうでしたか。まずはひと安心です。
しかし、「生徒の学習到達度検査(PISA2003)」では、
「数学的リテラシー」が6位(2000年に実施された前回は1位)、「科学的リテラシー」が2位(同2位)、「問題解決能力が4位」(今回が初めて)となり、いずれも1位グループに位置する結果となっているのに対して、「読解力」は14位(前回8位)というふるわない結果となっている。(中略)
3年間という短い期間における、この「読解力」のスコアの大幅な低下は、気がかりな結果である。(中略)
生徒たちの得点を6つのレベルに分けてみたところ、日本で「レベル1未満」の水準にとどまる生徒が7.4%と、参加国平均の6.7%をも上回る結果となっている。「レベル1未満」というのは、スコアが335点未満で、「もっとも基本的な知識と技能が身についていない」ため、極めて不十分な読解力しかもたない層を指している。この数値は、第1回の2000年調査では2.6%であった。(中略)
事実として、「できない層」がこれだけ増えているという結果は、ショッキングなものである。(p80-81)

読解力で「できない層」が増えているのが顕著なのですね。

さて、2極化が進んでいるようなのですが、著者らの調査により、「そうした低下や二極分化を克服している学校がある」ということも明らかになりました。第4章ではその「効果のある学校」としてE小の取り組みが紹介されています。フィールド調査をその学校で行ったようで、「公立小学校の挑戦 岩波ブックレット」や「学力の社会学」に詳しく書かれているようです。

E小は同和地区にあり、生活状況が厳しい家も多いとのことですが、「塾に行かなくても大丈夫!(p125)」な学力を維持ししているとのことです。基礎学力保障の仕組みとして、「わからない時にわからないと言える学習集団づくり(p131)」「授業と家庭学習との有機的なリンク(p132)」「弾力的な指導体制と多様な授業形態(p133)」「学力実態の綿密な把握(p134)」「「学習内容の定着を図る補充学習(p135)」「動機づけをはかる総合学習の推進(p136)」が紹介されています。この小学校については「私たちがめざす集団づくり 中野陸夫ほか監修 解放出版社 2002年」でも紹介されているらしいです。

効果を上げているだけあって、手間暇がかかっています。家庭学習との有機的なリンクをさせるために「習得学習ノート」を教師が手作りしたり、給食の配膳時間を利用して空き教室で補充学習をやったり、学力を把握するためのテストを1週間もかけて行い、その結果を過去と比較検討したり。

子供にいちばん教えたいことでは、アメリカの教育システムの違いもあるのか、教師一人の創意工夫と努力で成果をあげていた印象でしたが、本書で紹介されている小学校では、教師達が集団として創意工夫・努力されている姿が印象的でした。

中学も取り上げられていますが、それについては本書を読んでいただいて。

地域社会と学校の関係についても考察されていて、学校選択制について意見を述べられています。
「市場原理」や「選択と自己責任の論理」だけに任せておいたのでは、教育というものは決してうまくいかないだろうということである。公立学校に関して全面的な学校選択の自由を認めれば、地域社会が今よりももっと殺伐とした、希薄な人間関係しかもたないものになってしまうのは必定である。経済資本や文化資本に恵まれた「強い家庭」はその自由を謳歌できるかもしれないが、その家の子どもたちが、異質性を有した他者に対して不寛容な、利己的な大人に育たないという保証はどこにもない。また、そうではない「弱い家庭」の子どもたちは、イギリスで懸念されているような「社会的排除」の直接の対象となってしまうかもしれない。(p209−210)


ある校長の言葉から始まる文章があります。
「校区の実態を知ること、愛すること。それが公立学校の教師の使命やと思ってます。(中略)
絶対に残さないといけないのは校区です。公立学校が地域から離れて、「よさ」が出てくるはずがないんで。校区の自由化は自殺行為ですわ。弾力化までは許せてもね。それは、私学化を招きます。子供らは当たり前の集団としてくるんやから。校区の矛盾なんかを抱えながら、その校区を好きやと言う子供を育てるのが公立学校の役目やと思います」

非常に歯切れがよい言葉である。(p187)

「公立学校」のよさは、そこに「さまざまな人間が集う」ということの中にこそある。(p188-189)


私も高校までは公立、大学は国立でしたが、小中学校ではいろいろな人間がいました(高校は進学校だったのでそれまでよりは均質化してました)。裕福な家庭の人間も貧乏な家庭の人間もいましたし、ちょうど校内暴力がはやった時期で荒れた先輩やら同級生やらもいました。教師もいろいろいまして、生徒の母親と結婚したりとか、卒業してしばらくしてからですが飲食店の店員に暴力をふるい逮捕されたりとか。社会に出たらそれ以上にいろいろな人間がいましたが。子供のうちから、社会には自分とは違う人間がたくさんいるということを知るのはいいことなのでしょう、校内暴力の時は大変だったけれど。

教育で成果を上げようと思えば、手間がかかるものだ、ということがよくわかりました。教育を目先の学力の問題だけで考えるわけにもいかないようです。社会の未来を作るわけですから。

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2008/09/25 07:05

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