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zoom RSS 【現実的な左翼に進化する ピーター・シンガー著 竹内久美子訳 新潮社】

<<   作成日時 : 2005/06/26 12:11   >>

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「進化論の現在」というシリーズの中の一冊。でも中身は進化論自体というよりも、政治行動や倫理の問題を考えるうえで進化論の成果を利用するといった感じです。進化論自体よりも政治や倫理の方が重点があると思われます。そう考えるなら、何故進化論の竹内久美子氏が解説を書いているのかわからないし、解説の内容もちょっとピントがずれてるように思います(進化論を用いて公務員やら税金やらの話をしていますが、これもちょっと違うと思う。)。

著者のピーター・シンガーの本は以前に読んだことがあり、過激な結論が印象に残っていました。なのに、今回の翻訳では”現実的”と書名についている、なにか主張が変わったのだろうかと思いましたが、そんなことはないようです。

シンガーは左翼・左派を「よりよい社会を実現しようとする一連の思想(p.13)」とし、「苦しんでいる人を前に何とかしてあげたいと思う(p.17)」のが左派であると定義しています。そしてマルクス主義的左派に代わり、ダーウィン主義的左派というものを提案します。ダーウィン主義的左派ならば、あれをするな・これをしろなど、第5章で述べられます。

ダーウィン主義的左派とはどんなものであるのかですが、私の理解では、ダーウィンの進化論に基づいて人間が進化の結果誕生したものであることを理解し、左翼が理想とする社会の実現のために社会制度を進化論による人間の理解に基づいて整備することを行う左派、となります。「現代のダーウィニズムは、競争も互恵的利他行動もその考えの中に取り入れている」(p.72)し、「ダーウィニアン・レフト(ダーウィン主義的左派)は、互恵的協力によって得られる利益と同様に、そのために必要な前提についても理解しており、経済条件がホームレスのような人々を増やすことにならないよう努力するだろう(p.88-p.89)」というわけです。ちなみにダーウィン主義的右派もありうるとのことですから、ダーウィンの進化論を正しいと思っているからといって、このような立場をとらなくてもいいようです。

シンガーのこの本での考察では、競争を自由主義市場経済におけるもののみに限定しているようです。「私が心に描いている競争の形というものは、もっぱら市場の競争である。(p.75)」。ということは、協力も市場におけるものということなのでしょう。しかし、具体的な政策について述べられているわけではなく、原則が述べられています。

第5章で述べられているダーウィン主義的左派の原則、ダーウィン主義的左派ならばしてはならないこと、するべきことをまとめますと、
してはならないこと
1.人間の本性の存在を否定すること。人間の本性はもともと良いものであるとか変えられるとか主張すること。
2.人間同士の対立は全て無くなると期待すること。
3.全ての不平等が差別・偏見・社会条件に原因があると決めてかかること(これらが原因のこともあるだろうが、全ての場合ではない)
するべきこと
1.人間の本性を受け入れ、それについてよく知ること。
2.「そういうのが本性である」から「それが正しい」に推論しないこと。
3.社会的・経済的システムにおいて人間が地位・権力・利益のために競争すると考えること。
4.お互いに協力しあう機会があれば、たいがいの人は肯定的に反応すると考えること。
5.競争よりも協力が育む社会構造を展開させ、皆が望んでいる競争が終わる方向へ事が進むよう努力すること。
6.人間以外の動物に高いモラルを持ち、人間中心的な見方をしないこと。
7.弱いもの、貧しいもの、虐げられているものの側につくという左派の伝統的価値観を持ちながら、どんな社会的・経済的変革を行えば本当にその人たちのためになるか非常に注意深く考えること。

一見常識的です。題名に「現実的な左翼」がついているのもわかる気はします。しかし、するべきことの4の主張は条件が付くと思いますし(しっぺ返し戦略ともあわせて本書で議論されています)、6の主張が本当に意味するところはかなり過激です

彼の著作の日本語訳に【生と死の倫理 伝統的倫理の崩壊 昭和堂 樫則章訳】があります。この著作の中で、アメリカ小児学会の雑誌に書いた論評が述べられています。

「重度の障害をもった人間の乳児と、たとえばイヌやブタなどの人間以外の動物とを比較した場合、合理性、自己意識、コミュニケーションなど道徳的に重要だと考えることのできるものに関して言えば、人間以外の動物のほうが現実的にも潜在的にもすぐれた能力をもっていることに私たちはしばしば気づくだろう。」(生と死の倫理 p248-249)

この主張が問題となり、シンガーが招待されたシンポジウムが中止になりました。その後、このシンポジウムの主催団体(知的障害児の親のための団体でした)が「人命のかけがえのなさは、人間と人間以外の生き物との生命のあり方や利害に関するいかなる比較も禁止する―とくに、両者を等しいものとみなすことを禁止する。」と声明を出しました。

その声明に対して、シンガーはこのような主張は人間中心的な宇宙観であり、「ダーウィンによって最後の一撃を加えられたはずである。」(生と死の倫理 p.250)と述べます。場合によっては障害を抱えた人間よりもイヌの方が倫理的に配慮されなければならないということです。人間とイヌの命も比較可能であり場合によってはイヌの命の方が重い、これがダーウィン主義的左派が行うべきことの6.の意味です。

私自身は、この人間と他の動物との命の比較には賛成できません。我々には悲しいかな自分が所属していないグループのメンバーに不平等あるいは差別的な行動をしてしまう”本性”があり(これは【現実的な左翼・・・】の中に記述があります)、これは私にもあります。この”本性”がこの主張に反対します。この主張が論理的に正しい結論であっても、感情的に受け入れることはできません。イヌより人間を優先するべき理屈を考えなくてはと思います。

解説で竹内久美子氏が”常識”、”進化論を学んでいるものにとっては当たり前すぎる議論”(p.107)と書いてあります。この言葉が人間中心的宇宙観の否定も含めてならば、「進化論は恐るべき理論で、進化論を唱えている人は溺れている人より溺れているイヌを助ける人非人なんだ」と思いますが、おそらく人間中心的宇宙観の否定は知らずに”常識”、”進化論を学んでいるものにとっては当たり前すぎる議論”という言葉を使ったのでしょう。【現実的な左翼・・・】の中では人間中心的宇宙観の否定については重点を持って述べられていませんので、仕方ないかとも思います。でも、それならもっとシンガーに詳しい人に解説を書いてもらうべきではないのでしょうか。人間中心的宇宙観の否定も含めてのダーウィン主義的左派です、この主張に触れないわけにはいかないでしょう(第5章でするべきこととして述べられているのですから)。解説者の選択は編集者の問題なのでしょうか、いずれにせよ残念です。

話をダーウィン主義的左派に戻せば、人間中心的宇宙観の否定の主張は受け入れられませんが、その他は実際にこのようなことを唱える政党が出てきたとしても特に反感は感じないでしょう。でも、進化論をどこまで人間に応用できるか、他の生物で確認できたことが人間でも当てはまるのか(医学実験などで遺伝的多様性の乏しい実験用マウスで確認・応用できたことが、遺伝的にさまざまな人間で確認・応用できるのかという問題と同じです)が問題で、そこを自分で納得しないことにはその政党には一票を投じることはできないですね。

ちなみに原題はA DARWINIAN LEFT Politics, Evolution, and Cooperationで、どこにも現実的なんて言葉は入ってないんだけど。(人間中心的宇宙観の否定まで含めて”現実的”だと出版サイドが思ってるんなら、開いた口がふさがらない。)

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