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zoom RSS 腎臓移植待ちの患者を減らせるか?【生命倫理学と功利主義 伊勢田哲治・樫則章編 ナカニシヤ出版】

<<   作成日時 : 2006/11/23 02:47   >>

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「生命倫理学と功利主義 伊勢田哲治・樫則章編 ナカニシヤ出版」という本で「功利主義と臓器移植」と題された児玉聡氏による論文を読みました。興味深く読ませていただきました。

万波医師の疾患腎の移植については、ドナーの安全性や利益の観点から批判しました(こちら)。特に腎細胞癌の腎臓の移植についてはこちらでごちゃごちゃ考えた後に、今のところは、癌を移植する可能性が否定できないということで、普通の医療として行うべきではないと結論しました。

ということで、臓器売買についても(臓器売買再考や、売るものは自分の臓器しかないほどの貧困におちいっている方へなど)、疾患腎の移植についても反対しているわけで、じゃお前は移植待ちの患者を少なくすることは考えていないのか、と問われてしまいそうです。

私も、以前に【移植臓器の売買は人身売買】を書くきっかけとなった5号館のつぶやきさんのような移植臓器の提供が増えないことに対する苛立ちがわからないでもありません。しかし、あちらを立てればこちらが立たず、という状況でうまい答えが見つけられないでいました。

最初に触れた児玉氏の論文でも、臓器提供を増やすためとしてハリスのサバイバル・ロッタリーが紹介されています。これはこれで、まぁ、いろいろと批判があるのでしょうし、いろいろと言いたいことはあるのですが、児玉氏によると、「実はハリスはその後、死後の強制的臓器提供を主張するようになっている。すなわち彼は、くじ引きによって選ばれた生体ドナーからの臓器摘出を行うというサバイバル・ロッタリーは放棄し、その代わりに、死体を共有財産とみなすことにより、死体ドナーからの強制的な臓器摘出を主張している。(p185-186)」ということです。ハリスの主張は、
臓器提供制度は公共善の一つであり、(中略)市民はその制度の維持に貢献する義務があるとみなされる。(中略)オプトイン(臓器提供意思を示したものだけから臓器を摘出する制度)とかオプトアウト(臓器提供意思が無いことを明らかにしない限り臓器を摘出する制度)かという議論は、死後の死体に関する個人の自己決定権を過度に保護しすぎており、むしろ臓器移植を必要とする多くの人を助けるために、すべての死体は自動的に移植に用いることを可能にすべきだとする。(p186)


この死体からの強制的な臓器提供について考えてみますと、ちょっとびっくりする提案ではあるのですが、腎臓を摘出されることで不利益を被る生きている人間は居ませんし、金銭の発生が無いので、金欲しさに嘘をつかれて危険な臓器を移植されてレシピエントが不利益を被る可能性もほとんど無いように思えますし、疾患腎の移植や臓器売買で考えられた不都合が無いのです。

児玉氏も指摘されているように「もちろん功利主義者もそれ以外の人も、これまでの直観から新しい制度に対して強い心理的抵抗を覚えるかもしれない。(p188)」のですが、続けて書かれているように、「十分な教育や議論を行うことにより、われわれは新しい制度にやがて「慣れる」ことが十分に考えられるであろう。(p188)」と、私も今は思えます。「今は」と加えたのは、臓器売買の問題点を考え、疾患腎移植の問題点を考え、ドナーとレシピエントの利益を考えてきたという過程を経てからだ、ということを強調したいからです。こういう問題を考えてこられなかった方には、この提案を受け入れることは、まずできないでしょうし、私もこのようなことに首を突っ込まなければ、このような提案にはものすごい抵抗を感じたでしょう。しかし、死後の強制的臓器提供という方法は、今まで考えてきた臓器売買や疾患腎移植といった方法に比べると、それにより困る生きている人間がまず出ないだろうという点でましであると思えるのです。

私も自分の死後、腎臓がとられるとして(とられていいのですが)、不愉快な感じがするのはわかります。しかし、現代の日本では火葬されてしまうわけですし、火葬も世界のある地域ではタブーであり、それは現代の日本人はなんとも思っていないわけで、そうすると死後の強制的臓器提供も、まあ「慣れ」の問題になるのではなかろうかと思うわけです。何十年かかるかわかりませんが。

児玉氏は臓器に関する相続税という制度を考えていらっしゃるようです。くわしいことはちょっとわからないのですが。児玉氏のウェブサイトはこちら。

この本に掲載されている他の論文も、なかなか面白そうで、事前指示は失敗かと関連する「事前指示 長岡成夫氏」や、他には「QALYと医療資源配分 浅井篤氏」、「守秘義務と医療情報 奥田太郎氏」など、私が持っている従来の医の倫理の教科書ではあまり触れられていなかったと思うものに関する論文が掲載されています。

伊勢田氏による功利主義の解説もわかりやすかったです。

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