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zoom RSS 【欲張りすぎるニッポンの教育 苅谷剛彦+増田ユリヤ著 講談社現代新書】

<<   作成日時 : 2007/02/06 18:57   >>

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【学校ってなんだろう】の著者とジャーナリストとの対談です。現在、世間では教育論議が盛んに行われていますが、議論を進める際に忘れてはならない重要な視点が示されていると思いました。また、読んで思ったことの一つは、教育と医療は非常に似た状況にある、ということでした。

東洋経済2007年1月27日号の特集が、「ニッポンの教師と学校」と題されています。「編集部から」では、、
とても身近な職業でありながら、その実態が実に見えにくいのが医者と教師だと思います。医者といえば「豪邸に住んでベンツに乗っているお金持ち」を連想する人がまだいるし、教師といえば「安定していて休みがたくさんあって子ども相手の楽な商売」と思い込んでいる親がたくさんいる。しかし、現実はそんなに単純ではありません。(中略)巷では教育改革論議が沸騰中ですが、親の立場で学校が語られすぎている気がします。私たちは、現場の普通の先生たちの声に、もっと耳を傾けたほうがいいのではないでしょうか。(山崎)(p30)
と書かれています。ごもっとも。そして、医療も医療費削減で議論が沸騰中ですが、普通の医者の意見はどうなっているか。あまり聞いてもらえてはいないのではないか、と個人的には思います。被害妄想かもしれませんが。

日本の医療費が低いことは、医療クライシスで書きましたが、GDP比ではOECD加盟国平均以下。そして、本書でも
日本政府は1970年代半ば以降、国家予算の伸び率に比べ、教育費総額はもとより、子ども一人あたりで見ても、予算規模に比例するようには教育費を増やしてこなかった。その結果、今や先進国中でも、国家予算やGDPを基準に見た教育費は、最低の部類に入る(対GDP比でみると初等中等教育費はOECDの平均が3.5%であるのに日本は2.7%(2002年)である。(p241)
と教育費も平均以下であることが書かれています。

お金をかけていないのなら、それなりのものしか出てこないのが世の常なのですが、教育では、
十分なお金も、人の手当ても、時間も、専門的な訓練も与えられていないのに、実に多様な問題の原因として、教育がバッシングされる。実力以上の過剰な期待をかけていることに、多くの人たちは、気づかないか、気づいていてもそのことを忘れているのか、いずれにしても、期待が裏切られるたびに、「教育の失敗」がいわれるようになる。(p82)
それでも、日本の教師たちの多くは、比較的優秀であるし、彼ら・彼女たちが行う教育の水準も低いわけではない。かけてきたお金や、一学級当たりの子どもの数といった客観的条件の悪さから見れば、非常に高いパフォーマンスを生み出してきたといってよいだろう。(p83)
と、現場の努力で今までなんとかもってきました。

同じことが周産期医療にもいえると思います。平成11年度の厚生白書によると、乳児死亡率、新生児死亡率は世界最高水準です。平成18年度科学技術白書でもそのようです。しかしながら、wikipediaにあるように
安全な出産は産科医の労働基準法を度外視した努力に依存するものであった。計画分娩と異なり自然分娩は時を選ばない。妊婦が陣痛発来すれば、産科医は外出中でも真夜中でも対応しなければならない。(中略)
また周産期死亡率の低下はお産が危険なものであるという認識を薄れさせた。産後死・死産・未熟児・障害児など出産に問題があった場合、やむをえない症例であっても「医療ミス」として医師の責任が問われるような風潮が広がることになり、産科医に対する医療訴訟がたびたび起されるようになった。

しかし労働条件の厳しさ、訴訟リスクの高さに見合うほど報酬が他科に比べて特に高い、というわけでもない。


お金をかけなければどうなるか。医療ではイギリスの例がよく挙げられます。毎日新聞の医療クライシスからですが、
 日本と同水準の低医療費政策を続けた英国で起こったことは、日本の将来を暗示する。

 英国の医療に詳しい近藤克則・日本福祉大教授によると、90年代中ごろから医師・看護師不足が深刻化し、医療従事者の士気が落ちた。医師の自殺率は他の専門職の倍、看護師は他職種の女性の4倍に跳ね上がった。患者は十分な医療が受けられなくなり、ピークの98年度には、入院待ちの患者が130万人に達する。がん患者が手術を4回も延期され、手術ができないほど悪化して死亡する事態まで起きた。


愚痴っぽくなりました。話を教育に戻しましょう。

小学生から英語教育を開始することをめぐる部分からの苅谷氏の発言です。長くなるのですが、大変重要だと思いますので引用します。
教育については、子どもは無限の可能性を持っているとか、小さいときはなんでもできるとか、なんいでもなれるとかいう一種の神話というのかな、親はそう思い込みたいですよね、子どもが小さいうちは。そうすると、ポジティブリスト(いいと思うものをどんどん挙げてリストに加え、そのリストの全てのことができたときには完璧な人間が育つみたいな考え(p45))のリストが長くなる。
だけど、それは実は何かを犠牲にしているのかもしれない。もしかすると、ぼーっとする時間を犠牲にしているということかもしれない。そういう時間も大事ですよね。ただ、消されるものはなんだかわからない。
僕が小学校で英語を必修化するのに反対なのは、さっき言ったポジティブリストがすでに長くなっている中にさらに英語を入れたら、必ずはみ出すものがあるのに、はみ出すものを何にするかという議論をしないまま、英語を入れたほうがいいという、そういう議論の仕方に、反対しているんです。だから国語の時間を増やせとまでは言わないけれど、少なくとも、現在の日本の小学校のカリキュラムの中で英語を入れたら、失敗するでしょう。ひとつには英語をちゃんと教えられる人がいないんですから。(中略)
教えられる人がいないのに、何時間か入れたら、はみ出したものはどうなるんでしょう。確実にできることを犠牲にして、できないかもしれないけど入れたいものを入れようとする。どっちが重いか、はかりに掛けたときに、僕は失うものが重いと思う。(p46−47)(強調は三余亭)


何かをしようとすると何かが犠牲になる、というのは忘れがちですが忘れてはいけないことだと思います。失われるものは一体何か。国語力?算数力?遊びの中で覚える人との付き合い方?どれも今だって不十分とされているものだと思いますが。不十分な英語力のために、それらを犠牲にしていいものかどうか。考えてみる必要があると思います。

また、このような議論の時に使われる言葉についても警告を発せられています。これも大事だと思うので長々と引用しますが、
教育論を形作っている言葉には、不思議な力がある。「個性の尊重」にしても、「考える力」、「豊かな心」、「確かな学力」にしても、うさんくささと同時に、各論に至ったときの解釈の違いを包み隠してしまうほどの、総論レベルでのもっともらしさや、反論のしづらさを醸し出す力である。(中略)
こういう言葉としての働きをもった用語が、教育論の「殺し文句」として多用されている。厳密な意味で使えないから、かえって使い勝手通いのであり、多用される。(p87)

冷静な診断の言葉ではなく、実現可能性を括弧に入れた崇高な理想や徳目の言葉。それらが実行に移されたときには、期待を裏切る一因となり、だからこそ、さらなる改革を求める魔術のサイクルを作り出す。こういう魔法にかかった状態から抜け出すためには、「殺し文句」となる魔法の言葉をなるべく使わずに、教育を語るしかない。(中略)
とはいえ、警戒しなければならないのは、教育以外の言葉で教育を語り始めたとき、今度は、経済の言葉が一挙に入ってきたことである。市場、選択、競争、消費者、受益者、アカウンタビリティ等々。(中略)市場での選択にゆだねれば、競争を通じて教育は改善する(あるいは教育問題は解決する)といった言い回しは、呪文の言い換えにすぎない。魔法の呪文の勢力圏が変わっただけである。経済の殺し文句を使わずに、教育を語ることが今では必要になっているのだ。(p89)
教育の各論における具体策にうつしやすい言葉で議論すべきであって、抽象的な言葉や適応範囲を不必要に拡大した言葉は使うべきではないということなのでしょう。確かに具体的ではない言葉では、何をどうするのか明確に議論しにくいです。著者は国語の学力の目標を6―8割の人間が新聞を読めること(p71〜72)としていますが、確かにこのような目標であれば達成できたかどうか判断しやすいです。計画し、実行し、評価し、再計画のサイクルに乗せやすい、と思います。

他にも、制度を変えても解決できない教育問題があること、教育教育制度と社会との関係(第3章日本は学校制度に依存することで近代社会をつくってきた)、相対評価と絶対評価の厳しさ、教育における格差の拡大など、教育議論の際に重要と思われることがわかりやすく書かれています。

お薦めの一冊です。

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2008/03/15 07:07
【格差社会と教育改革 苅谷剛彦・山口二郎著 岩波ブックレット】
2007年6月25日に北大で行われた苅谷氏の講演をもとに作成されたそうです。講演は、山口氏が研究代表者を務める科研費のプロジェクト「市民社会民主主義の理念と政策に関する総合的考察」の公開行事として行われたものとのこと。ホームページはこちら。 ...続きを見る
三余亭
2008/07/06 00:36

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