フィリピンで臓器売買合法化の動きがあるようです。コメントしようかどうか迷っていたのですが、コメントすることにしました。まずは読売新聞から、腎臓売買、比が公認へ…外国人患者対象 解説もありましたので、 比が腎臓売買公認へ、「倫理」「安全」懸念の声 私は臓器売買には反対の立場です。いろいろ書いた中でも、以前に書いたように、 金銭を介在させることで一時的には臓器提供が増えるかもしれません。しかし貧困が解決されれば(貧困が解決されなければ搾取だと思います)金銭目的の臓器提供は低下する可能性があることから長期的には金銭以外の動機からの臓器提供に頼らなくてはいけないのではないかということ、また、臓器の安全性に利他的な動機からの提供と比較して問題が生じる可能性があること(血液での例からの推測ですが実際に起きたことです)、臓器が足りなかった場合には現在と問題は変わらないこと、などが問題ではないかと考えています。従いまして、黒瀬氏と同じ意見で、臓器売買には賛成できません。この立場に基本的に変更はありません。 しかし、まぁ、いろいろと考えさせられるところはありました。臓器売買合法化の目的が、臓器提供を増やすということではなく、闇で臓器売買をしている自国民の保護であることは、私が考えてもいないことでした。 今までは、臓器を買ってでも移植したいという患者あるいは患者団体に、結局臓器提供が増えなくて困る人が余計増えるだけだからやめといた方がいいんじゃない、提供臓器の安全性に問題があるかもしれないからやめといた方がいいんじゃない、というスタンスで対応してきました。一方、臓器を売りたいという方には、臓器の安全性に問題あるんじゃないの?というスタンスで対応しておりました。しかしながら、国民の利益を守るためだという政府からの意見は、私は考えておりませんでした。 現実に臓器売買を行った貧者がブローカーに騙されて損をする事例があるとのことですから、臓器売買を認める法律ができることで、提供できるような状態の良い臓器を持った貧者にとってはブローカーに騙される危険は少なくなるでしょう。これは認めざるを得ません。しかし、病気腎移植が原則禁止とされたように、臓器の状態が悪ければ、提供したいと言っても買ってくれるとは限らないわけです。レシピエントの立場では金を払って不良品をつかまされるわけにはいきません。ということは、臓器売買の意思を持つ貧者が全員救われるのではなく、状態の良い臓器を持った貧者だけが救われるということです。ま、それでも現状よりは臓器売買で搾取されている貧者にとっては今より良い状況であるということは認めます。しかし、その場合も、臓器提供に伴うリスクは現状のままで(痛み、腎機能の若干の低下等々)、それらのリスクを減らすための対策はとりようがありません。金銭的な面では現在よりましですが、健康面でのリスクは今のままです。売買というからには商取引であり、労働の一形態なのでしょう。しかし、健康被害対策が立てられないままで国が臓器売買を合法化したとして、それは他の労働でも、臓器売買と同じように労災対策を省くための布石なのだろうか?と勘ぐってしまいます。そうだとすれば、企業は労災対策の費用がかかりませんから、どんどんフィリピンに工場を建てて、国は税金がガッパガッパ手に入るというわけです。大多数の国民を犠牲にして一部が儲ける、一昔前のやり方ですね。 それはともかく、臓器売買を合法化することでなにがおきるのか、考えてみました。闇市場は消えないだろうというのが結論です。 提供される臓器の数が高額の報酬を払える全員に行き渡るほど増えればよいですが、そうでなければ順番待ちが必要です。高額の報酬を払えるとしても順番待ちをしなくてはならなくなったレシピエントが出てきます。金さえ払えばどんな人間でも移植をうけることができる、というわけには多分行かないでしょう。心臓の合併症、血管の合併症、その他もろもろの状況で、腎移植をしても長生きできないからあんたは透析で治療せよと言われるレシピエントも出てくるはずです。病気腎移植でもわかるように、一部の患者は病気腎でも良いと必死ですから、そのようなレシピエントに裏取引を持ちかけてくる闇ブローカーがでてくる可能性があります。レシピエントが彼らに引っかかり、とんでもない腎臓をつかまされる可能性だってあるわけです。闇ブローカーに騙されるドナーだって出てくるでしょう。正規ルートでは腎臓を買ってもらえなかったドナーから腎臓を安く買って、順番待ちで後方に位置するレシピエントに高く売る、実にいい商売です。どちらも後ろめたさは今以上ですから、ばれない可能性も高いかもしれない。結局闇ブローカー無くならないのではないでしょうか。 また、順番待ちの後方のレシピエントがもっと金を出すと言えば、状態の良い腎臓を持った提供者はそちらの方を優先するでしょうから、レシピエントの順番待ちリストは名目だけ、実際は高い報酬を払ったものからの順番です。となると、法律で認められた正式の機関での移植よりも早いことを売り物にするブローカーも出てくるかもしれません。先に待っていても、後からもっと高い金額を提示するレシピエントがいれば、優良な臓器は高額報酬を払うレシピエントの方に提供されますから、法律を守っているレシピエントは結局待たされてしまいます。こうなると、医学的適応うんぬんではありません。金さえ出せば、合併症を考えても移植手術の適応が無いものまで移植を受けてしまい、医療資源の無駄遣いです。「助けられない命に手術して助けられない、助けられる命に手術ができず助けられない」。医療の成果の効率は悲惨です。 また、レシピエントの一部には、高額の報酬は払えないが何とか腎臓を手に入れたいという人はいるでしょう。であれば、臓器売買の意思はあるが、状態の悪い腎臓しかない貧者と、高額の報酬を払えないレシピエントとの間で闇市場が成立するのではないでしょうか。これなら今とあまり変わらない状況が一部で続くのかもしれません。しかし、健康被害はドナーにも(提供できないほどの腎機能なのに提供して腎不全)、レシピエントにも(機能の低下していた腎臓で、結局透析に逆戻り)の両方に出てくる点で、これは行われるべき医療ではありません。 「法律を守れば倫理的」とありましたが、「そもそも法律を守っていない国で何を言っとるか!」と言いたくなります。闇ブローカーが居なくなるか、疑問です。闇市場は残る可能性は高いのではないでしょうか。 現実にどうなるかは、やってみないとわかりません。人の生に対する望みは非常に強いことは、病気腎移植を支持する患者団体があることからもわかります。提供される臓器が、臓器移植を希望される方全員に行き渡るほど十分にあれば問題は生じませんが、不足したなら、順番待ちの不満や適応外とされた不満などいろいろな不満が出てくるでしょう。そこに闇ブローカーが付け込む隙が出てくると思います。 また、フィリピン人で腎臓移植が必要な人は受けられなくなるのではないかという危惧があります。 使命感、生き甲斐、仕事の面白さ、社会的な名誉、社会的な倫理観といった非金銭的なインセンティブによって人々が働いていたときに、不十分な金銭的インセンティブを導入したとたん、非金銭的インセンティブが機能しなくなることもある。(「経済学的思考のセンス お金がない人を助けるには 大竹文雄著 中公新書」 p221)ということです。フィリピン人で腎移植が必要な方が同じフィリピン人から「腎臓移植が必要なの?じゃ買えば?」といわれるか、或いは、臓器提供の可能性のある人間からも「腎臓売れば金になるの?じゃ外国人に売ろうか?」ということになれば、フィリピンの方に提供される腎臓は減るのではないでしょうか。 今の状況が良いとはいいませんが、臓器売買を合法化しても良い社会になるかどうか、私はそうならない可能性が高い気がします。 私が支持する提供臓器増加の方法は、死後の臓器提供の義務化です。これなら、提供される臓器の数は確実に増えます。レシピエントが付け込まれる隙を見せずに済みます。もっとも、実現されるとしても50年、100年先になるでしょうが。そのために、機会があれば死後の臓器提供の義務化について、いろいろな人の目に付くように記事の一部に言葉を入れておきたいと思います。 参考になるのは、児玉聡氏のこちらの未発表の論文。 |
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臓器の沙汰も金次第
昨年の十一月に報じられた宇和島徳州会の腎臓移植事件なのでありますがその半年程前に「ドクターといふ神」という稚拙な文章を書いたものだけれど、何だか憂鬱で触れる気にはなれなかったのであります。身近にいる腎臓を患っておられるかたが目に浮かんでしまい、軽率にその.. ...続きを見る |
非日乗的日乗inowe社長blog 2007/03/07 21:53 |
臓器の謝礼「売買ではない」?
少し古くなったのですが、読売新聞から、臓器の謝礼「売買ではない」、国際シンポで比代表が強調 ...続きを見る |
三余亭 2007/06/02 14:34 |
腎臓移植:国際学会、渡航腎移植者に注意 「比の制度は臓器売買」−−日本へ要請文
ひさびさに腎臓移植に関連する意見を。といっても、今まで述べたことに何か変更があるわけでもないのですが。毎日新聞の記事からです。国際学会から何か言われたようです。腎臓移植:国際学会、渡航腎移植者に注意 「比の制度は臓器売買」−−日本へ要請文 ...続きを見る |
三余亭 2007/07/25 23:34 |
内 容 | ニックネーム/日時 |
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いつも拝読させていただいております。 |
inowe 2007/03/07 22:14 |
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